クラウドのカギは「サービス」と「デバイス」

 ここまででクラウドコンピューティングの概念を説明してきましたが、本書での定義について整理すると、次のようなことが言えます。

(1)アプリケーションやデータを集中管理できる
(2)個人のパソコンの運用が楽になる

 (2)のデバイスについては、レッスン3で詳しく紹介しました。一方、(1)のサービスについては、レッスン1レッスン2で解説したことに加えて、覚えておいてほしい3つのキーワードがあります。

ITシステムは3階層に分類できる

 ここでは、パソコンの定番ソフトウェアであるMicrosoft Officeの新バージョン、「Microsoft Office 2010」(2010年前半に発売予定)を例に考えてみましょう。

 従来、Microsoft Officeは1台1台のパソコンにインストールして利用するものでした。しかし、Microsoft Office 2010では、ソフトウェア版と同時にブラウザーから利用できる「Office Web Apps」も提供される予定です。Office Web Appsを利用すれば、サーバーにアクセスするだけでWordやExcelなどの機能の一部を「サービス」として利用できるようになります。

 自分のパソコンでMicrosoft Office 2010が動作するシステムと、サーバーでOffice Web Appsが動作するシステムを大まかに表すと、下図のようになります。一般にITシステムは、このような3つの階層構造で表すことができます。

 左側はMicrosoft Office 2010をソフトウェアとして利用する、従来と同じコンピューティングの場合です。「Windows 7」などのパソコン用のOSで、Microsoft Office 2010が動作しています。

 右側はクラウドコンピューティングの場合です。サーバー用のOS(「Windows Azure」など)でOffice Web Appsのアプリケーションが動作しており、ユーザーはそれらをクラウドから提供されるサービスとして利用します。

●ITシステムの3つの階層構造

クラウドから提供される3つのサービス

 そして、クラウドから提供されるサービスは、これら3つの階層ごとに以下の3つのキーワードで分類されます。

 まず、ソフトウェアの代わりにアプリケーションをサービスとして提供することを「SaaS(サース:Software as a Service)」と呼びます。メールやスケジュール管理など、私たち一般ユーザーが直接利用するのは、基本的にこの階層にあるサービスです。

 次に、OS(プラットフォーム)の機能をサービスとして提供し、ユーザーが好きなアプリケーションを利用できるようにすることを「PaaS(パース:Platform as a Service)」と呼びます。さらに、マシンの機能だけを提供し、ユーザーが好きなプラットフォームとアプリケーションを利用できるようにすることを「IaaS(イァース/アイアース:Infrastructure as a Service)」と呼びます。

●クラウドコンピューティングの3つのキーワード

クラウドは「ITシステムの運用法」でもある

 クラウドコンピューティングは、コンピューターの新しい利用形態を表す言葉です。この「新しい利用形態」を一般ユーザーの視点で考えると、「複数のデバイスをサービスと連携させることで生まれる、新しい情報管理術やライフスタイル」と言い換えられます。

 一方、企業の経営者やITシステム担当者の視点で考えると、「ソフトウェアなどをサービスに置き換えることで可能になる、より効率のよいITシステムの運用法」ということになります。

 このように、一口にクラウドコンピューティングと言っても、ユーザーやサービスの事例、前後の文脈によって、それが指すもの、目指すものは異なります。

 このコンテンツでこれから紹介していくサービスのうち、「Gmail」や「Twitter」などは一般ユーザーの視点から解説するため、ITシステムの運用法との関連性は薄くなります。そのため、SaaS、PaaS、IaaSといったキーワードはあまり登場しません。

 セールスフォース・ドットコムなどの企業向けサービスは、経営者やITシステム担当者の視点から解説します。SaaSなどの言葉が頻出する反面、デバイスに関するキーワードは控え目です。

 このコンテンツでは一般ユーザーとITシステム担当者の両方の視点から、クラウドコンピューティングを多面的に解説していきます。

[ヒント]「SaaS」と「ASP」はどう違う?

SaaSは2006年ごろから流行し始めた言葉で、それ以前の1990年代後半ごろから「ASP」という似た概念の言葉があります。言葉が登場した年代、また当時はブロードバンドの普及が不十分だったこともあり、ASPのサービスは一般的に「古い」とも指摘できます。具体的には、サーバーを仮想化していないため設備投資がかさむ、マルチテナント化されていない、パソコン以外のデバイスへの対応が弱い、といった点が挙げられます。