こんにちは。ライフ×メモの堀 正岳です。世界的に、そして日本でも大躍進を続けるGoogleの社内ベンチャーNiantic Labsの拡張現実ゲーム「Ingress」。先日は東京で「Darsana XM Anomaly」が開催され、5,000人ものエージェントたちが参加するIngress史上最大規模のイベントとなりました。
このDarsana東京イベントのために来⽇していた、Niantic Labsの創業者でありGoogle副社⻑でもあるジョン・ハンケ⽒にお話をうかがう機会を得ました。以下では、そのときの会話の内容を、インタビュー形式でまとめています(いしたにまさき氏、「はじめよう! Ingress」の共著者であるコグレマサト氏も同席していました)。
ジョン・ハンケ氏から見た日本のIngressの今、そしてIngressの世界の奥深い魅力について対話でき、日本全国で活動しているエージェントを鼓舞し、より深くIngressを知るきっかけとなる話をうかがうことができました。
ジョン・ハンケ氏。Darsana東京開催の2日前に、六本木のGoogle Japanオフィスにて。
2014年5月、印象深かった石巻の震災復興Ingressイベント
堀:まずはじめに、文化庁メディア芸術祭エンターテイメント部門の大賞受賞おめでとうございます。そしてIngressの2周年も、もうそんなに経ったのかと驚きますが、おめでとうございます。
ジョン・ハンケ氏:ありがとう。歴代の受賞作品の一覧を見るだけで、私たちは身が引き締まる思いですし、この受賞にとても興奮しています。そして2周年。本当に、時は飛び去るようでしたね。
堀:私たちは日本でIngressが大きな人気を獲得しているのを肌で感じていますが、あなたの側から見ていかがですか。日本におけるIngressの受容において、特に印象に残ったものはありますか。
ハンケ氏:2014年5月に石巻で行われた「Ingress Meetup @ Ishinomaki」が、私に強い印象を残しました。あれはまだiOS版のIngressが登場する前で、もちろん当時でもプレイしているエージェントは数多くいましたが、まだ現在ほど大きな動きにはなっていなかったころです。
それまでにも何度か日本を訪れたことはありましたが、東北地方に行くのは初めてでした。石巻の一帯は、3年前には大きな悲劇と破壊の現場だったわけですが、田畑や海や川のすべてがとても美しく、画趣に富んでいて、出会う人々が温かかったことをよく覚えています。
Ingressを使って震災からの復興を促進し、被災地への注目を集めるという試みのクリエイティブさには目を見張りました(注:Ingress Meetup @ IshinomakiはGoogleの東日本大震災復興支援チーム「イノベーション東北」主催で、地元の複数の団体の協力により実施されたもの)。
それに、Ingressをするために東京からバスいっぱいのエージェントたちが石巻に乗り込んできた様子にも驚きました。2日に渡ったあのイベントのために多くの人がやって来てくれたことが、信じられないくらいに嬉しかったですね。
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日本人が同人誌やどんぶりを生み出すのはXMの影響!?
堀:その後、7月にiPhone版のIngressアプリが登場して、iPhoneでのエージェントの数は日本が世界一になったと聞いています。それは思いがけないことでしたか?
ハンケ氏:ええ。ここで私がアップルに賛辞を述べるわけにもいかないですが(笑)、iPhone版の登場後、日本のソーシャルメディアにおいてIngressが突然広まったことにはとても驚きました。
そこにはみなさんのようなブロガーが積極的に広めてくださったり、電子書籍が誕生したりといったことも影響していますね。それにしても、漫画の同人誌が登場するところまでは予想がつきませんでした。
もみじ真魚氏(こもれびのーと)の同人誌「JKがイングレスをはじめたら」を手に取るハンケ氏。
堀:それは日本人の特性かもしれませんね。日本のファン、とくに同人誌を作る人たちは、ミステリアスなストーリーに欠落や、あえて語られていない部分があると、そこを埋めるように自分たちで作品を作り出します。そしてそれは多くの場合漫画の形をとるのです。
ハンケ氏:それは興味深いですね。実際、この同人誌は大のお気に入りです。絵は美しいし、フレンドリーで親しみやすい。
堀:Ingressのバックストーリーには暗い、陰謀めいた、時には暴力的な部分もありますね。それなのに、女子高校生を主人公にした明るい作品が生まれたことは意外ではありませんでしたか?
ハンケ氏:陰謀はたしかにあります。でも、暴力は子どものいる家庭でもOKなレベルにしています(笑)。家族で楽しんでほしいですからね。確かに、こうした明るい作品が登場したことにはびっくりしました。きっと私がまだ日本文化について理解していない何かが、ここにはあるのかもしれませんね
堀:世界的に見て、日本のエージェントに特徴的なことは何かありますか?
ハンケ氏:エージェントたちのプレイ自体は世界各地で似ていますが、自分たちのIngressに対する愛情を表現するにあたって、日本ではビジュアル・アートで生み出される作品が特に素晴らしいと思っています。
Darsanaのイベントに関連したものだけでも、ロゴをあしらったどんぶりやTシャツなど、すばらしいものがたくさん登場しています。その完成度の高さは世界的にも類を見ないものです。
日本には書道や日本画といったもののように、ビジュアルな表現の伝統がありますが、きっとそれが作品にも反映しているのでしょう。
Darsanaのロゴをベースにデザインされた「DARSANARAMENどんぶり」(写真提供:Hinata Kino(Rikka6)氏)。Hinata Kino(Rikka6)氏が企画をとりまとめて制作。Darsana東京のアフターパーティーでも展示・頒布された。
堀:あなたがたの世界観を日本のエージェントたちが受け取り、育んでいるのですね
ハンケ氏:ここで重要なのは、XM(エキゾチック・マター)は歴史を通して存在してきたということです。つまり過去において、日本人をこれほどまでにアーティスティックにした存在や出来事は何だったのか? そんな物語の可能性だってあり得ると私たちは考えています。ええ、それについては現在進行形で調査中です(笑)。
堀:私たち日本人は、日本を「言霊の幸わう国」などと言ったりします。それは言葉には魂があり、現実を変える力をもつという考え方なんです
ハンケ氏:それは......興味深いですね(メモを取る)。実際、Ingressにおけるポータルというのは、忙しい1日のまっただ中で、その場にいるだけで深い思考や瞑想に誘われるような場所のことなのです。
日本という国、東京という場所には、意外なところにお寺があり、禅的な庭があり、まさに理想のポータルがたくさん存在しています。そしてそういう日本の文化が、Ingressにおけるポータルという概念にも、そこはかとなく影響を与えているのです。
重層化した東京の情報に、Ingressが新しいアクセス経路を作る
堀:ただ今日本とポータルの話が出ましたが、東京、そして日本のポータルには、何かほかにない独自の特徴のようなものを感じますか?
ハンケ氏:私はそこまで東京や日本の都市を知っているわけではないけれども、それでも隠された小さな寺や、歴史的遺産の膨大さには驚かされます。これだけの巨大な都市なのに、静かで魔法に満ちた場所に皆さんは囲まれているのです
いしたにまさき:そういう意味では、東京はこれまでの歴史の中で、情報が何重ものレイヤーのよになっているんですよね。そしてその上にIngressのレイヤーが乗っかるという構造がとてもユニークです。
堀:確かに。例えばGoogle Japanのオフィスがある六本木は、江戸時代には武家屋敷があり、明治維新後は軍隊の駐屯地でした。そういったことを感じられる史跡や建物があちこちにあって、それらの情報のレイヤーの上に、Ingressの情報があるんです。
私の地元に、埋め立てられた土地の一角に建つ記念碑があります。もともとは海の中にあった「烏帽子岩」という奇岩を記念したものなのですが、実物は海軍の標的になって壊されてしまい、さらに埋め立てられてしまったので、現在は海でさえありません。でもポータルとして接するおかげで、その記憶が情報のレイヤーを通して私たちに伝わってきます。Ingressをプレイしていて、そうしたことに感謝を覚えるんです。
ハンケ氏:すばらしいことです。ほんの数人しか知らない「その場所」の秘密をアクセス可能なものにすることは、Niantic Labを作ったときに最初から考えていたことで、若い人はただのゲームをプレイしているつもりでも、実はより深い情報に自然にアクセスできるように、私たちは設計をしていたのです。なので、それはとてもいいことだと思います。
東京でDarsanaを開催した理由と、ローソン提携の目的は?
堀:年末になって、Darsanaという巨大なイベントと、そしてローソンのコラボレーションが日本にやってきました。まずDarsanaのプライマリーサイトとして、東京を選択した理由について伺っていいですか?
ハンケ氏:それは、この(iPhone版アプリの公開から)5カ月ほどにおける、東京のみなさんのIngressに対する興味と情熱があまりに大きかったからです。東京は大好きな都市ですし、これほどまでに多くのエージェントがいる街でイベントを開催するのは、私たちにとって当然です。
しかも、これは過去に経験したことのない規模の壮大なイベントになるはずで、私たちも興奮しています。各地で、両陣営による演習も行われているそうですね。
堀:私は参加していませんが、そのようなこともあるかもしれませんね。コグレさんは......。
コグレマサト:(意味ありげな顔で)さて、どうでしょう?
ハンケ氏:真剣勝負なので、そこは秘密ということですね(笑)。
堀:ローソンとのコラボレーションについては、突然のことだったのでみんなが驚き、中には批判的な人もいたようです。でもポータルが少ない地方ではローソンがすべてポータルになることでずいぶんとプレイしやすくなったと聞いていて、私はいいことだと思いました。こうした点を考え抜かれての試みだったのですか?
ハンケ氏:ええ、Ingressを設計した際に懸案だったのは、これを未来にわたって維持可能にする経済的な仕組みの構築でした。そうした仕組みはゲームを阻害するのではなく、ゲームプレイに共生していなければなりません。
それはGoogleのウェブ検索と、AdWords(検索連動広告)の関係に似ています。さまざまな組み合わせを試してみたところ、利用者は探している検索結果に平行して広告が表示されることを好んでいるという結果が得られています。それは検索するという行動に価値を付加しているからですね。
堀:なるほど。AdWordsではすでにユーザーは検索をしているのですから、そこに情報が追加されることはかまわないわけですね。
ハンケ氏:そうです。これを念頭に、Ingressでは新しい広告フォーマットをデザインすることを目標にしています。ローソンとの提携はその第1号で、とてもエキサイティングです。
そしてこれは、ゲームのスピリットとも合致していると私は考えています。そもそもIngressは人々に外出を促すように作られていますが、行った先に安全で、もてなしがあって、実際に飲食と休息ができるような「避難施設」みたいなものがあったらいいだろうということは最初から話していたんですよ。
都市でも地方でも遊べるルールを設計していた
堀:こうしたローソンのポータルなどは、都市と地方のゲームバランスを決めるうえでも大きな影響を及ぼしつつあります。Ingressのゲームのルールは単純であるにもかかわらず、同じルールがポータルの密度が高い都市でも、密度の低い田舎でも等しく適用されるために、絶妙なバランスが生まれますよね。
例えば都市ではフィールドを作る暇がないほどに多数のエージェントが活動しているけれども、私の地元では、全員のエージェント名と行動パターンが覚えられるくらいです。こうしたバランスは当初から設計されていたのですか?
ハンケ氏:そうです。私は人口1,000人ほどの小さな街の出身なのですが、そのことがいつでも念頭にありました。私の街と、サンフランシスコのベイエリアのような大都市、この2つをアンカーポイントとして、その両方に向かって適用可能なルールです。さもなければ、もし都市の人たちだけに向けて設計すると世界の70%ほどを除外してしまうことになってしまい、それでは元も子もないからです。
堀:このインタビューの準備をしていて、あなたのホームタウンをストリートビューで拝見していました。まさに都市部とはまったく異なる風景ですね。
ハンケ氏:そうでしょう。そしてIngressのなかではこのゲームのルールによって都市部にすべてのメリットがあると思いきや、実は田舎の方が大きなフィールドや、壊しにくい基点を構築する場所として適当なことが多く、価値が高まっているという逆転現象もあるわけです。しかし私たちでも、まさか携帯の電波が通じないような僻地にまで衛星電話などのあらゆる手段を使ってエージェントたちが向かうとは考えもしませんでしたが。
堀:エージェントたちが船や飛行機といった手段を使って行動することは、予想を超えたことだったわけですね。
ハンケ氏:そこまでいくと、最初から予想していたとは言えませんね(笑)。Ingressにおけるリンクとフィールド、そしてポータルの強さによってリンク可能な距離が伸びてゆく仕組みは、異なる都市、異なる州、そして異なる国のエージェントどうしが互いに協力することを前提として最初から設計されていました。協力せざるを得ない仕組みに置かれたとき、人々は出会い、きっと楽しんでもらえるのではないかと思ったのです
実際に外に出て、ありのままの世界を自分の目で見てほしい
堀:あなたはiOS版の登場からしばらくして、ビデオメッセージを日本のエージェントに向けて送ってくださいました。その最後で、松尾芭蕉の「奥の細道」から引用して「every day is a journey, and the journey itself home.」(日々旅にして、旅をすみかとす)と言いました。
▼ビデオメッセージの動画
ジョン・ハンケから、日本のエージェントへ。Message for Japan Ingress agents from John Hanke - YouTube
このメッセージで、あなたは私たちを旅に誘っているのだと私は感じました。そしてGoogleマップやストリートビューで見るだけでは十分ではなくて、その人がその場所にいることが重要なのだと言っているように思えます。あなたにとって旅とはなんでしょうか? そして何百万もの人を旅に誘い出して、どんな世界を見てほしいと思っていますか?
ハンケ氏:人々が、自分たちの住んでいる街を、自分たちの国の政府を、あるいは社会そのものをより健全にするべく行動するとき、鍵となることがあります。それは実際に外に出て、世界をありのままに自分の目で見ることです。その場所を知り、そこに住む人々を知ることです。モニターの前に座って知ったつもりでいることは、文明的な社会にとって実は危険なことではないかと思うのです。
例えばみなさんが、もしも端末の前で過ごしているだけなら、子どもたちの公園が実際にはどんな状態かも、隣の人がどんな暮らしをしているかも、知ることがなく興味を持つこともできないでしょう。そうしたらどうやってその人と共同でなにかをできるでしょうか?どのようにして社会をより良くできるでしょうか?
Ingressはほんの小さな一歩に過ぎないかもしれません。でも、みなさんを外への旅に誘い出すことで、私たちの街が、社会が、世界がよりつながって健全な場所になるなら、ほんの少しの変化でも、それは意味のあることだと思うのです。
堀:ありがとうございました。
Ingressの持つ魅力は「旅」と「出会い」にあります。地元で小さく遊びつつも、同時に都市や国をまたいだスケールを飛び越えたプレイにも参加できること、あるいは今まで知らなかった場所や人との出会い、その両者がすでにゲームデザインのなかに哲学として組み込まれていることがジョン・ハンケ氏の言葉からおわかりいただけると思います。
そしてポータルという存在そのものが、情報へのアクセスを促す扉であること、出会いの場であること、到達すべき目標であり、ゲームのルールの先にあるIngressを通して実現したい世界観につながっていることは感動すら覚えます。
「Ingress is not a game」(Ingressはただのゲームではない)。このハンケ氏の言葉が持つ意味の一端に触れた対話のひとときでした。
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