サービスの時代を予見し11年前からSaaSを開始
米salesforce.comのCEOであるマーク・ベニオフ氏の前職は、大手ソフトウェア企業、米Oracle Corporation の副社長です。ベニオフ氏は、ブラウザーからサーバーのデータベースを操作することで従来のソフトウェアと同じ仕事ができること、その結果、顧客に大きな負担を強いる従来型のソフトウェアビジネスはなくなるであろうことを予見し、1999年にセールスフォース・ドットコムを設立しました。
同社は2000年から、SaaSによるCRMアプリケーション「Salesforce CRM」の提供を開始。世界で順調に利用者を増やし、2006年からは利用者が開発したアプリケーションを公開・販売できる「AppExchange」、2007年からは利用者がアプリケーションを開発できるPaaS として「Force.com」を開始しました。さらに2009年からは、IaaSとしての機能もアピールしています。
CRMからコミュニケーションシステムまで提供
下図は、現在セールスフォース・ドットコムが提供するサービスの構成図です。アプリケーション、プラットフォーム、インフラストラクチャの階層があり、主要なサービスとして「Sales Cloud 2」「Service Cloud 2」「Custom Cloud 2」「Chatter」があります。
Sales Cloud 2とService Cloud 2は、それぞれSaaSによるCRM機能群です。前者は営業支援やマーケティングなど主に販売寄りを、後者は主にサポートに関する機能を持ちます。Custom Cloud 2はPaaSに相当するForce.comと、その上で動作するアプリケーション群を指します。
Chatterは2009年11月に発表されたもっとも新しい機能群で、2010年のリリースを予定しています。レッスン11で紹介したTwitterや海外で人気のSNS「Facebook」と連携することで、リアルタイムで交わされる情報を業務に活用できます。また、社内向けのTwitterのようなコミュニケーションシステムを持つこともでき、Salesforce CRMやForce.comと連携した利用が可能です。
セールスフォース・ドットコムでは、こうしたChatterの機能を「Collaboration Cloud」とも呼んでおり、企業活動のあらゆる場面で情報共有や意志決定を促進するサービスとして、今後力を入れていくと発表しています。
●セールスフォース・ドットコムのサービス構成図
業務に合ったシステムを素早く構築できる
セールスフォース・ドットコムのサービスは、豊富な機能群を組み合わせて利用できるほか、カスタマイズ性の高さも特徴の1つとなっています。SaaSとしてCRM機能を利用する場合は、企業の業種やワークフローに応じて、Salesforce CRMのデータ項目を細かくカスタマイズすることが可能です。
CRM以外の機能についても、AppExchange で提供されている他社のアプリケーションを利用したり、Force.comを利用して自ら開発したりできます。自ら開発する場合は、比較的簡単な仕様のプログラム(HTMLのタグのようなもの)だけで独自のインターフェースを付け加えられる「Visualforce」、本格的なプログラムによって独自の機能を組み込める「Apex」など、さまざまな難易度・自由度に合わせた環境が用意されています。
このカスタマイズ性の高さにより、セールスフォース・ドットコムは簡単なものから複雑なものまで、さまざまな業務に必要なITシステムを構築する最短ルートを提供できるようになっています。SaaS、PaaSという言葉だけでは2階層のように感じますが、それらの中間にあたる階層がいくつも用意されているのです。
SaaSとPaaSの中間に基本的なアプリケーションがあり、それらを柔軟な設定項目や比較的簡単なプログラムによって独自に拡張・改変できるサービスは、「APaaS(アパース:ApplicationPlatform as a Service)」とも呼ばれています。
●Salesforce CRMとForce.comの代表的な連携例
他社にはない「リアルタイム」の強みをアピール
セールスフォース・ドットコムでは、他社にない優位性をアピールするため、2009年から「リアルタイムクラウド」というキャッチコピーを打ち出しています。
これは前述のようなカスタマイズ性の高さと、カスタマイズの内容が即時反映されることを表しており、変化の激しいビジネスの現場において非常に有利であることを表現しています。そのスピードの速さは、次ページで紹介する定額給付金やエコポイントのシステム構築において大いに威力を発揮しました。
また、営業支援やサポートといったCRMにおいては、どこかで発生した問題を瞬時に把握・共有し、対応するといったオペレーションレベルでのリアルタイム性も重要になります。
最近では、Twitterのようなリアルタイムかつ情報の浸透性の高いサービスが広まることで、企業よりも先に顧客の間で問題が共有されていた、という状況もよく起こっています。セールスフォース・ドットコムではChatterを中心に、こうした要求にも高度に対応できるサービスを提供しています。
[ヒント]セールスフォース・ドットコムがCRMに着目した理由
「CRM(Customer Relationship Management)」とは、顧客との関係を築くために必要な情報を管理することです。企業が必要とする顧客情報には、まだ取引のない見込み客から得意先まで、訪問や電話によるアプローチの反応、問い合わせの内容、過去の取引実績など、さまざまものがあります。これらを管理・共有し、顧客との良好な関係構築に役立てるのがCRMの役割です。セールスフォース・ドットコムがCRMに着目したのは、従来使われていたCRMソフトウェアが複雑で導入の失敗例も多く、満足度が低かったことが理由の1つ。また、グローバル展開を考えるうえで、CRMは人事や財務などに比べて国ごとの習慣や法制度による差異がないことが、もう1つの理由となっています。
[ヒント]セールスフォース・ドットコムのスローガン「No Software」の意味
セールスフォース・ドットコムは、「No Software」というスローガンを掲げています。これは単に「ソフトウェアビジネスの否定」を表すものではなく、ITシステムにまつわる面倒(構築期間の長さや運用の手間など)を顧客に負わせてはいけない、顧客をこれらの面倒から解放したいという同社の考えを表しています。
[ヒント]ローソンが全国の店舗との情報共有にForce.comを採用
2009年4月より、ローソンでは全国の店舗や本部を結ぶ情報共有基盤を、従来の「Lotus Notes」からForce.comに変更しました。同社では2008年8月からIT 部門でForce.comの試験的な導入を開始し、2009年2月には新基盤の稼働を開始。コールセンターに寄せられた要望をすぐに共有するなど、リアルタイム性の高さをサービスの向上につなげています。また、優れたカスタマイズ性を生かし、新しい課題にも柔軟に対応していくべく活用中です。
[ヒント]定額給付金やエコポイントなど短期の開発案件で圧倒的な強さ
2009年の日本では、定額給付金やエコポイントといった突発的な公的施策が発表されました。これらを実施するには必要なITシステムを短期間で開発し、短期間だけの運用を行わなければなりません。そこで活躍したのがForce.comです。定額給付金では、山梨県甲府市が約2週間でシステムの構築を完了。構築・運用費の合計は約310万円となり、ほぼ同規模のほかの自治体(東京都港区:約4100万円、埼玉県熊谷市:約920万円)に比べ圧倒的な低コストを実現しています。エコポイントでは、経済産業省らの発注に応じ3週間で構築を完了。運用費として3年間で約60億円を見込んでいますが、従来型のITベンダーではシステム構築費だけで数百?数千億円と見積もられたとのことで、大幅な費用削減になっていることがわかります。
[ヒント]オバマ米大統領や経済産業省も利用した意見募集システム「Salesforce CRM Ideas」
Salesforce CRMの機能の1つ「Salesforce CRM Ideas」は、2009年1月にオバマ米大統領のサイト「Change.gov」に導入され話題を集めました。日本の経済産業省も、同システムを利用して2009年10月に「電子経済産業省アイディアボックス」を開設しました。これらはすでに終了していますが、アメリカのスターバックスなどでは同システムが現在も活用されています。
▼My Starbucks Idea(英語)
http://mystarbucksidea.force.com/