何事にも適切な「手順」がある
コラムを書くにあたって考えた。自分が最近できるようになったことって何だろう。車の運転ができるようになったのはもう数十年も昔だし、小学校2年生で逆上がりできるようになったのは覚えてるけどたぶんもうできないし。ああそうだ、おにぎりをきちんと握れるようになったときのことは、いまだによく覚えている。
それは私が20歳頃のこと。某機関の職員向けバー兼レストランでバイトしていたのだが、そこのマスターは大型船舶の料理番という経歴を持ち、いろんな料理をなんでもひとりで作る人だったので、料理の基本をいろいろ教えてくれたのだった。中でも目からうろこだったのが、おにぎりの握り方だった。
それまで私は親からも不器用だと言われ続け、おにぎりも作ってみたことはあるものの、手の平にべったりと米粒がへばりつき、出来上がったものは不格好なコメの塊にしか見えないという悲惨な結果に終わっていた。しかし、そのマスターから指南を受けた日を境に、それは見事な三角おにぎりを作れるようになったのである。 その手順を説明してみよう。
1. ご飯を計る
初心者は必ずご飯を計量する。ちいさなお茶碗に1膳、軽くよそう。これで適切かつ均等なサイズの出来上がりになる。
2. 手を準備する
手は塩と水、または塩水でぬらす。味付けと、手に米粒が付くのを防ぐ2つの役割がある。
3. ご飯を乗せる
計量したご飯を左手のひらにこんもりと乗せる。
4. 左手でご飯を握る
左手のひらを軽く握っておにぎりの厚みを決める。以下、左手はずっと土台であり、広い面に圧をかける役割を担う。力を入れすぎると固くなるので注意。
5. 右手でご飯を握る
右手は左手の上に重ねるように乗せる。右手では、三角おにぎりの角を作るようにする。また、狭い面=辺に圧をかける役割を担う。
6. 3つの角を作る
右手でご飯を手前に回し、次の角を作る。何回か繰り返してから表裏をひっくり返し、形が整ったら出来上がり。
もちろんこんな手順書をもらったわけではないのだが、左手はもっと上を向けてみてとか、いちいち丁寧に修正してもらったような覚えがある。そして一旦技術を身に着けてからは、もはや得意料理といってもいいくらいの出来栄えを維持できるようになった。実にめでたい!
まだ見ぬ未来の「できる」体験
......さて実は、これには後日談がある。わたしが無残なおにぎりしかできなかった理由にハタと思い当たったのだ。母はもともと左利きなのだが、お箸やペンは右手で持つ。おそらく教育矯正の結果だろう。
しかし矯正が必要とされてないなかった分野はどうだろう。そう思ってよく見てみると、なんとすべて左右逆の手で行っているのである! おにぎりも完全に逆の手で握っていた! ちなみに雑巾を絞るのも逆だ。
わたしは右利きなので、同じようにやってみてうまくできないのはあたりまえ。もしかして子供のころから不器用と言われていた理由はこれなんじゃないだろうか?
見よう見まねというのは確かにわかりやすくはあるのだが、左右が逆とか、身体パーツの形が違うとかでうまくいかないことも多々ある。また、映像だけだと行動の担う役割や意味まで伝えるのはむずかしい。
先ほどおにぎりの作り方について手順を書いてみたが、手順のひとつひとつに意味があることがわかる。逆に意味がなければやる必要がないということだ。そしてうまく出来上がらなければ、なにか途中で見落としている(が、無意識でやっている)手順があるのであろう。
どんなものでも手順書を書いてみることは、自分の行動の棚卸しにもなって面白い。無駄な試行錯誤をせずに「できる」ようになるのは手順書があるからだし、今後RPAとかロボットとかがどんどん発展してきたときにも、すらっと手順を説明できれば、自分の代わり、もしくはそれ以上にやってもらえるようになっていいんじゃないかなと思う。
25周年を迎えた「できるシリーズ」の第1弾は「できるExcel 5.0」だったそうだ。私が関っているのはFacebookや主にSNSの本だが、25年前にはまだSNSという概念はなかった。10年後ぐらいに「できるオートメーションクッキング」とか「できる介護ロボ」とかの企画が生まれた暁には、ぜひ執筆を担当させていただければ幸いである。
正しい手順さえ知ることができれば、誰でも新しいことができるようになる。
森嶋良子(もりしまりょうこ)
ライター、エディター。編集プロダクション勤務を経て独立したのち、長らくフリーランスとして活動していたが、現在は会社員との二足の草鞋。ネットサービスやコンピュータ関連の書籍や記事を主に執筆するほか、インタビュー記事も多数。みんなが幸せになるための手助けになればいいなと思って執筆しています。
主な「できるシリーズ」の著書