この本は、原稿用紙で何枚分?
私にはちょっと奇妙なクセがあります。本を開くと、なんとなくそのページの1行の文字数と行数を確認し、全体のページ数と埋まり具合を見積もって、「きっと、400枚」といったように400字詰め原稿用紙に換算した分量を調べることです。
初めて本の執筆のオファーをいただいたときにも、私が冷静になって考えていたのは、これから埋めるべき原稿用紙のマス目の数のことでした。1ページが何行で、何文字の本になるのだろうか? どれだけのペースで書けばいいのだろうか? そもそも、私にそれが「できる」のだろうか?
私たちは「できること」から敷衍してその先にある「まだできていないこと」を想像しようとします。たとえばツイッターで1件のツイートを書くくらいならばおそらく誰でもできますが、それが数個集まっただけで本の1ページ程度の分量になる、といったように。
私にとって1ページの文字数を調べることは、1ページ程度の文章だったら書くことができるという確信から歩みだして、まだできるかわからない「1冊の本を書く」という未知の世界へと踏み込む足がかりを探す仕草です。
「できないこと」を「できること」に変えるには、そうした小さな足がかりを探すことがきっかけになるのです。
著者にとっても、はじめは「できなかったこと」ばかり
私が「できるシリーズ」で関わってきたテーマにも、こうした未知の領域への足がかりがたくさんありました。
コグレマサトさん、いしたにまさきさんとの共著の「できるポケット+ Evernote活用編」「できるポケット Evernote 基本&活用ワザ 完全ガイド」は、まだまだ使い方が模索されていた段階だったEvernoteというサービスの可能性を手分けして拾い集めて本にすることで、読者から大きな反響をいただき、今に至るまでEvernoteのもっともスタンダードな入門書として版を重ねています。
それ以外にも「できる100ワザ iPhone 4 3週間でiPhone名人になれる本」「できるポケット Google+ グーグルプラス スマートに使いこなす基本&活用ワザ 70」「できる100ワザ ツイッター Twitterパーフェクトテクニック」といったように、iPhone 4、ツイッター、Google+ といった、当時生まれたばかりの製品やサービスの手触りを、「できる」シリーズからお届けすることができました。
「できるポケット Evernote 基本&活用ワザ 完全ガイド」はEvernoteの入門書としてスタンダードとなった。
なにも私や、共著者のみなさんがこうしたテーマについて最初からすべてを知っている物知りだったわけではありません。テーマをいただき、著者である私たちが読者に何を伝えればよいのかを学ぶなかで、少しずつ「知らなかったこと」「できなかったこと」を「できる」に変えてゆくことができました。
とりわけ印象に残っているのは「できるネットeBook」の1冊として刊行した「はじめよう! Ingress(イングレス) スマホを持って街を歩く GoogleのAR陣取りゲーム攻略ガイド」です。
いまではポケモンGoが大流行し、全世界で何百万人もの人々がプレイしている位置情報ゲームですが、その先駆けとなったIngressには親切なマニュアルはありませんでした。どのようにはじめ、どのようにしてプレイすればいいのか、初心者にはハードルの高い世界だったのです。
そうした状況を変えるために、位置情報ゲームの本を電子書籍で刊行するというチャレンジに挑んだ「できる」編集部のスピード感と、当時Ingressに夢中になっていたコグレマサトさんとのチームワークのおかげで、本書は世界初の「Ingress本」となりました。
最初にこの本の話をいただいたときには「そんなことができるのだろうか?」「駄目とはいわれないだろうか?」という不安がありましたが、編集者と関係各位の熱意もあって、それまでなかったタイプの本が誕生することにつながったのは素晴らしい思い出です。
これも、「できなかった」ことが「できる」に変わった瞬間といっていいでしょう。
Ingress本では、Nianticのジョン・ハンケ氏の独占インタビューも行い、当時は生まれたばかりの位置情報ゲームの世界を読者に広めるきっかけもいただいた。
「できる」か「できない」かには手を動かしたかどうかの違いしかない
いまも、ネットの世界ではさまざまなサービスやアプリやスキルが、手を伸ばせばすぐそこにあります。
以前とは違って、それはEvernoteやツイッターといったわかりやすいサービスという形から、「VRでバ美肉する方法」や「noteでセルフプロデュースをする方法」といったように有形のものから無形のものに変わりつつあります。
それでもその根幹にあるのは「できないもの」への好奇心と、それにほんの少し手を伸ばしてみる勇気です。
スター・ウォーズ「帝国の逆襲」でジェダイ・マスターのヨーダが主人公に言い聞かせる名台詞に "Do, or do not. There is no try"「行うか、行わぬか。試しになどというものはない」というものがあります。
この台詞はよく「やるかやらないか」という、少し強めの言葉で翻訳されることが多いのですが、私はそれでは伝わらないニュアンスがあるのではないかと考えています。
「できること」と「できないこと」の間には、しばしば手を動かしたかどうかという事実しか違いはありません。 手を動かすまでは、それは Do not 「行っていない」ですが、ひとまず手を動かしさえすれば、そこには無限の Do 「行う」の世界が広がっています。
できるシリーズがこれからの時代も多くの読者と著者の「できなかった」ことへの最初の足がかりとなり、「できる」ことへの扉となることを期待しています。
それこそ "Do, or do not. There is no try" の翻訳が 「できるか、できないか。試しになどといわずに」となるまで。
堀 正岳(ほり まさたけ)
研究者・ブロガー。北極における気候変動を研究するかたわら、ライフハック、IT、文具などをテーマとしたブログ「Lifehacking.jp」を運営。知的生産、仕事術、ソーシャルメディアなどについて著書多数。理学博士。
Lifehacking.jp
主な「できるシリーズ」の著書