壮大すぎて難しかった「Web 2.0」

 2005年から2006年にかけて、IT業界には「Web 2.0」というキーワードの大きなブームがありました。しかし今となっては、「騒がれたわりに、結局何だったのか……?」という印象を持つ人も多いのではないでしょうか。

 Web 2.0とクラウドコンピューティングは、「何だかすごそうだけど、よくわからない」と思われがちな点がよく似ています。そもそも、どちらも定義があいまいな言葉です。

 Web 2.0は非常に高い視点からの分析が多かったため、その概念を研究して自社に取り込もうとしても、なかなかしっくりこない部分がありました。また、「ロングテール」のような理論はNo.1企業の一人勝ちを示唆するもので、当時もてはやされたGoogleやWikipediaの成功は、GoogleやWikipedia以外が模倣することは難しいものでした。

クラウドは「総論」から「各論」へ

 一方、クラウドコンピューティングはユーザー視点(企業の視点も含め)からそのままとらえられる要素が多く、提供されているサービスも具体的な効果の見えやすいものが多くなっています。ビジネス向けサービスでは、導入スピードの向上やコストの削減といった効果を具体的な数値として確認しやすくなっており、検討や評価も容易です。

 本書はクラウドコンピューティングを紹介する中で、その定義として「サーバーが“雲”のように巨大なものになる」「さまざまなデバイスから利用できる」という2つを挙げました。今後認知が進んでいけば、クラウドコンピューティングの要素はさらに細かく解体され、下図のような各論レベルで具体的な導入が進んでいくでしょう。

●具体的な導入が進む分野

個人向けの方向性は「ツール型+有料プラン」

 ユーザー視点でのクラウドの将来について考えると、個人向けと企業向けのそれぞれで大きな流れがあります。まず個人向けでは、今までのような「Webサービスはどれだけ使っても無料」という流れに変化が訪れると予想されます。

 Googleはオンライン広告を収入源として、さまざまなWebサービスを無料で展開してきました。「Webサービスは無料で公開して広告で稼ぐのが王道」と言われていたこともあります。しかし、2008年末から広告の成長は鈍化し、今後の予想も悲観的です。単純に「広告で稼ぐ」のは難しくなっているのです。

 そのような中、2008年以降に人気になったWebサービスには2つの特徴が見られます。1つは、ただ情報を提供するだけのメディア型でなく、実用性の高いツール型であること。もう1つは、有料プランを用意していることです。

 有料プランと言っても最初から有料なわけではなく、一定の機能までは無料で提供し、気に入ったら料金を払って継続利用してもらおう、というモデルです。レッスン20で紹介したDropboxとEvernoteもツール型で、有料プランが用意されています。

月額9.99ドルまたは年額99ドルで容量を50GBに拡張できる

「広告を見せたいだけ」のサービスからの脱却

 このようなモデルでは、ユーザーは簡単にツールを試し、本格的に使いたければ料金を支払うという納得のいく利用ができます。一方で、サービスを提供する企業の目標も大きく変わります。

 広告モデルでは企業の目標が「広告を見せる」「クリックさせる」ことになり、必ずしもユーザーの利便性や満足度と同一の方向性にはなりません。しかし、有料サービスによって収益を上げられるなら、「ユーザーの満足度を上げる」「有料プランを使い続けてもらう」ことが目標となり、ユーザーと企業が同じ方向を目指しやすくなります。ユーザーの満足によって企業が潤い、企業のビジネスが成長することでサービスが改善され、ユーザーはさらに便利になるという、理想的なサイクルにつながっていくはずです。

 Windows Liveの収益モデルについて、現時点でマイクロソフトは広告モデルを考えています。しかし、ここで述べた理由から「プレミアムプランを有料提供」のほうが良いのではないかと筆者は思います。Googleも、今後はこのような方向性を検討してくるのではないでしょうか。

「100%安定したサービス」は望んでも得られない

 企業向けのサービスでは、自社でITシステムを運営する場合に比べて導入スピードの向上、コストの削減といった効果が期待できます。一方で、レッスン27でも述べたように、サービスの安全性については不安な要素もあります。

 サーバーダウンや情報漏えいなどのリスクは、当然ながら自社内で運用するシステムであってもゼロにはできません。しかし、自社でのミスと他社に任せた結果のミスでは、事情が大きく異なるのも事実です。

 サービスの安定性について「一瞬たりともダウンしないサービス」を求めても、現実的には無理な話です。アップタイム保障の数字が、ビジネスの安定を保障してくれるとは限りません。

 ならば、どうするか? 信頼のおける事業者を選ぶことです。トラブルが起きてしまったら速やかに情報を公開して適切に対処する事業者、変に隠し事をしたりごまかそうとしたりしない事業者であれば、トラブルが発生した場合でも正確な情報に基づいて、最善の対策を取ることが可能になります。

サービスの定着には「意識の変化」が必要

 コンプライアンスに関して、現時点では「自社の大事なデータをほかの会社のサーバーに預けるなんてとんでもない」という考えを持つビジネスマンは多いはずです。自社のIT技術に自信を持つ企業ほど、そのような傾向が強いように感じます。ITシステムの構築・運用の困難さを知っているからこそ、他社に任せる気にはなれないのです。

 しかし、これまでにもいくつかの事例を紹介したように、他社のサーバーに情報を預ける企業も確実に増えています。今後の基本的な流れとしては、社内に技術力のあるIT企業は自社でデータを持ち、そうでない企業は他社に預けるという2つの形にはっきりと分かれていくことになるでしょう。

 新しいビジネスが信頼を得るには、実績(顧客数×時間)が必要です。クラウドに対する意識の変化は今後何年もかけてゆっくりと進み、徐々に定着していくと考えられます。

 または、国内で強いブランドと信頼性を持つNTTグループのような企業がサービスを開始したり、官公庁や金融業界といった信頼性を重視する組織や企業による導入が相次いだりすることで、他社に情報を預ける動きが加速するかもしれません。

クラウドのサーバー&サービスが手を組む

 現在、セールスフォースやGoogle、Amazonなどのサービスは、マイクロソフトに対抗する新勢力と目されることもあります。今後はAzure Service Platformと対抗していくのでしょうか?

 おそらく、そうはならないでしょう。これまでのパソコンやソフトウェアは、「Windowsを導入したらMacは要らない」というように、排他的な選択を迫られるものでした。しかし、クラウドでは必ずしもそうではありません。

 例えば、開発基盤ならForce.comとAzure Service Platformの「いいとこ取り」をして、新しいサービスを作れる可能性があります。Microsoft Office Live WorkspaceとGoogleドキュメントで文書をやりとりできたら、ユーザーはさらに便利でしょう。

 また、クラウドは導入スピードが速いため「乗り換え」も簡単です。有料プランは月額課金が主になり、従来の「売っておしまい」とは逆の、「いかに使い続けてもらうか」を考えたビジネスをしなければなけません。

 各サービスは積極的に手を組んでいくことで、自社サービスの利便性を最大化することを考えたほうが理にかなっています。そのための技術的な障壁は、それほど高くないはずです。逆に、ユーザーにとって理不尽な囲い込みに固執するサービスは、よほど独自の魅力がない限り、そっぽを向かれてしまうでしょう。

2009年はクラウド&モバイルブロードバンド元年

 「クラウド元年」という言葉は2008年にも使われていましたが、本格的な普及に弾みがつくのは2009年からでしょう。認知度の高まりと経費削減などの必要性から、今まで以上に企業での導入が進むと考えられます。

 2009年はまた、「モバイルブロードバンド元年」でもあります。現行で最速のHSDPA(最高7.2Mbps)を上回る、20Mbpsの通信速度が実現できる「次世代PHS」、40Mbpsの通信速度が可能とされる「モバイルWiMAX」という新しいモバイルブロードバンド通信サービスが始まる予定で、これらに合わせた新しいモバイルデバイスも登場すると予想されます。

 モバイル市場はさらににぎやかになり、情報の同期・共有のためのクラウドのニーズも高まる、という流れが起こりそうです。個人で楽しむユーザーが増えるだけでなく、企業での導入にも拍車がかかるでしょう。そして、それらがまた新たなサービスを生む下地となり、クラウドコンピューティングもさらに発展していくのではないでしょうか。

[ヒント]Web 2.0から続くもの

Web 2.0の提唱者であるティム・オライリー氏は、Web 2.0の要素としてクラウドにつながる内容も述べています。

[ヒント]人気のIME「ATOK」がWebサービス化

ジャストシステムは、日本語入力システム「ATOK」のWindows版を、Webを通じて常に最新機能を提供していく月額制サービスとして2008年9月から提供しています。人気ソフトウェアがサービスに移行した例として、注目に値する事例です。

▼ATOK定額制サービス
http://www.justsystems.com/jp/products/atok_teigaku/

[ヒント]Google Apps有料版のGmailは99.9%のアップタイム保障

Google Appsの有料版「Google Apps Premier Edition」のGmailは、毎月99.9%のアップタイムを保障しています。サービスレベル契約では、エラー率が5%を超える時間が10分以上続いた時間を「ダウンタイム期間」とする、5日前までに通知する「予定されたダウンタイム」はダウンタイム期間に含めないなど、サービス内容および用語について、細かく定義されています。

▼Google Apps Premier Edition
http://www.google.co.jp/intl/ja/help/apps/premier/

Google Appsの国内導入事例などが紹介されている

[ヒント]勝敗を分けるカギは課金システムか

クラウドのサービス提供者の勝敗を分ける要素として、サービスそのものの内容以外に、課金システムが注目を集めるでしょう。ソフトウェアからWeb上のサービスに切り替わるということは、ユーザーからお金をもらう場所が「お店での会計時」から「サービスの契約時」に変わるということです。契約時に不必要な心理的障壁を感じさせず、スムーズに課金できるシステムを持っているか否かが、有料サービスの成功可能性と収益力に大きく関係します。例えば、アップルはユーザーの「Apple ID」にクレジットカード番号を連携させるという、非常に強力な課金システムを持っています。しかも、「iTunes Store」ではiPhone/iPod touch向けのアプリケーションを販売し、手数料収入も得ています。一方で、Googleやマイクロソフトは自社のユーザーIDと課金のための情報が連携しておらず、iTunes Storeのようなシステムもありません。各社が選べる戦術のバリエーションには、おのずと違いが生まれています。