(中編から続く)
ほぼ1人で行ったアイファイジャパンの立ち上げ
――Eye-Fiは日本国内での発売前から、その画期的な機能が非常に注目されていましたね。「できるネット+」のインタビュー記事では、林信行さんもEye-Fiを活用されていました。
田中:実は、アメリカの本社と僕をつなげてくれた方の1人が、その林さんだったのです。共通の知人である安藤幸央さんから林さんを紹介してもらい、林さんから本社の関係者に事前連絡してもらっていたのです。そこからとんとん拍子に話が進んで、2008年5月にシリコンバレーへ向かいました。
僕自身は、もともと8年ほど前にフォトクリエイトという写真関連の会社を立ち上げていたので、「Eye-Fiを日本で取り扱いたい」という交渉に行ったつもりだったのですが、2回目のミーティングの雰囲気がちょっと変だったんですよ。入れ替わり立ち替わり、いろいろな人が入ってきて......。それであいさつを繰り返していたら、最後にCEOが来て「採用だから」と言われたのです。
──「交渉」のつもりが「採用面接」になっていたわけですね。
田中:はい(笑)。そして「2008年内に発売する計画だから」と言われたので、フォトクリエイトは非常勤の取締役に退きました。そこからは毎月シリコンバレーに行き、システムのローカライズからサポートまで関わっていましたね。
2008年10月に日本法人の準備ができ、12月に製品が市場に出回るというめまぐるしいスケジュールでしたが、実際にやってみたらできてしまって、「1人でできるんだなぁ」という感じですね。いまだに、アイファイジャパンは記者発表の数日前に加わった山田と、僕の2人だけで回しています。
Eye-Fiのパッケージは、発売当初からこのスライダーボックス型。田中さんは、このこだわりのパッケージに開発者の熱意を感じたそうです
日本での発売交渉のために、田中さんがシリコンバレーへ持参した"伝説の和風パッケージ"。和紙を使ってEye-Fiの特徴あるパッケージを再現したインパクトは抜群で、今は本社に展示してあるそうです
──それにしても、2人だけというのは大変ではないですか?
田中:今、個人の生産性はすごく上がっています。自分でも理屈ではできると思いつつ、さすがに全国販売となると「常識的に2人ではできないのでは」と思いました。しかし、やってみればけっこうできるものです。PicasaウェブアルバムやEvernote、Google Appsをはじめ、今はネット販売やユーザーサポートに使えるいい環境があります。
カメラメーカーとの協業には日本法人が不可欠だった
──Eye-Fiの子会社は世界にどのくらいあるのでしょうか?
田中:子会社は日本だけです。そもそも、まだ立ち上がったばかりのベンチャー企業ですから。当初は「わざわざ海外に法人を持たなくても、営業支店でいいんじゃないか」という意見もありました。しかし、僕は絶対に日本法人が必要だと思ったのです。
日本での仕事には、カメラメーカーとの協業も想定できます。これが海外法人とのやりとりになると、さまざまな手続きに時間がかかってしまう場合があるのです。日本法人があれば、そうした問題はなくなります。今後ヨーロッパやほかのアジア諸国に法人を作るかどうかはわかりませんが、少なくとも日本法人は作ってよかったと思っています。
──カメラ分野では、圧倒的に日本のメーカーが多いですからね。
田中:日本には世界に名だたるカメラメーカーがそろっていますし、実際に協業させていただくと、「世界のトップメーカーになるべくしてなっているんだ」と実感させられます。技術力とこだわりが本当にすばらしいんですよ。本社との間には僕が"緩衝材"として入っていますが、日本のカメラメーカーは小さな疑問も見逃してくれませんから、本社からは「なんでそんな細かいところを聞くんだ、やめてくれ~!」と言われています(笑)。
とはいえ、そのような細かいこだわりを持つことが、カメラ作りには向いているんですね。写真を撮る文化も、他国と比べて強いと思います。弊社ではiPhone用のEye-Fiアプリをユーザーに無償で提供していますが、日本のiPhoneユーザーがアップロードする写真の枚数は、他国に比べて圧倒的に多いんですよ。
──他国のユーザーはiPhoneでそれほど写真を撮らないのですか?
田中:はい。本社の開発者に「なんで日本人はこんなにケータイで写真を撮るの?」と聞かれたぐらいです。日本ではケータイで写真を撮るのは当たり前で、友達との集合写真もケータイで普通に撮っていますよね。でも、アメリカの場合、"ケータイではいい写真は撮れない"という先入観がありますから、ちゃんとしたカメラでフラッシュも使って撮らなければ、という文化があるのです。それが、iPhoneでの写真アップロード枚数の差につながっているのでしょうね。
Eye-Fiユーザー向けに無償提供されているiPhoneアプリ。iPhoneで撮影した写真をパソコンやWebサービスへ転送するなど、iPhoneをEye-Fiのように使えるようになります
▼Eye-FiのiPhoneアプリ
※クリックするとiTunesが起動します
iPhoneを手にする田中さん。MacBook Airとともに、かなり使いこなしている様子でした
日本でのRAW画像対応版の発売は、さらに開発を進めてから
──最近ではデジタル一眼レフカメラを使いこなすユーザーも増えてきました。写真好きのハイアマチュアやプロの方々からすると、JPEG画像だけでなくRAW画像の転送もぜひ行いたいところですが、対応予定はありますか?
田中:現状では、RAW画像をアップロードするにはハードウェアの書き込み速度の問題があります。実はアメリカでは、RAW画像に対応した「Eye-Fi Pro」という製品が発売済みですが、非常に人気がある一方で、まだまだ不満もあるというのが現状です。日本のユーザーはもっとシビアですから、ちゃんとしたものが用意できるまで待つつもりです。
僕は仕事でプロカメラマンさんとずっとお付き合いしてきましたが、かなり完璧なものを作ってもダメ出しされる世界です。そのこだわりが、日本のカメラ業界を押し上げてきた要因だと思っています。だからこそ、気軽に「Pro」という名前をつけた製品は出さないほうがいいと思うのです。
また、RAW画像を撮るような環境だと、容量も8GBや16GBが必要になりますが、今のプラットフォームでは4GBが限界なのです。すでに1.4mmのSDカードに、基盤がぎっちり入っている状態ですから。長さがほんの少し足りないので、基盤が斜めに入っているくらいです。
──RAW画像に対応したら使いたいというプロカメラマンからの話をよく聞くので、期待しています!
田中:開発を急がせます(笑)。Eye-Fiは天才が集まっている会社なので、もともと開発スピードはものすごく速いのですが、その彼らがかなり根を詰めて仕事していますよ。社内には今、世界中の17ヵ国ぐらいから30人が来ているのですが、これだけの数の専門家が集まれるのが、シリコンバレーのよさだと思います。僕もその中で、日本から「Skype(※1)」などでコミュニケーションをとりながらやっています。
アメリカ本社とはSkypeとTwitterで状況を共有
──本社とのコミュニケーションに使われているのは、主にSkypeですか?
田中:本社とは毎朝Skypeでミーティングをしています。あとはTwitterでお互いの状況をつぶやきあっていますよ。これだけ離れていると違う会社の雰囲気も共有しにくいですが、Twitterと写真共有サービスのおかげで状況を共有できますし、何だか"つながってる感"がありますね。
Twitterはサポートにも使っていて、「twicco」というサービスを利用して「eyefi_fan」という名前のコミュニティを作り、ユーザーのみなさんに情報交換していただいています。僕はTwitterマニアなので、ここで実際にサポート対応するのも僕がやっています。
──SkypeとTwitterは、どのように使い分けているのでしょうか?
田中:時差を感じないで会話できるのがTwitterで、時差を克服して会話するのがSkypeですね。時差を克服するのは本社の人間ではなくて、いつも僕ですが(笑)。Skypeで会議となると、朝5時からのミーティングになってしまうのでちょっと大変ですね。時差を感じずに状況を共有したり、「あ、ラリー(本社社員のひとり)が髪切ったな」というような内容を知ったりするのはTwitterです。
──それぞれの性格に合わせて使い分けているわけですね。
田中:SkypeやTwitterは、会話や文字でのコミュニケーションを実現する強力なツールです。一方で、Eye-Fiは写真でのコミュニケーションをサポートするツール。Webサービスを利用したバックアップにも役立ちますが、遠く離れた人に情報を伝えるという意味で、SkypeやTwitterと同じく強力なツールだと思います。
実際、Eye-Fiを使いこなしていただくと、デジタルカメラとの付き合い方が変わりますよ。撮ったあとに取り込む面倒が一気に軽減されるだけでなく、"写真を撮る"というライフスタイルも変わります。ライフスタイルを変えるほどのアイテムに関わっていることに、僕自身も楽しさを感じています。
──デジタルカメラをネットワークにつなげてくれるEye-Fiの可能性を、存分に堪能できました。今回はどうもありがとうございました。