「受動デバイス」としてはスゴイが、逆はどうか?

iPadには2つの側面があります。

1つは、情報を参照するための受け身の使い方=受動的な側面。もう1つは、情報を積極的に入力する使い方=能動的な側面です。

前編では、iPadの受動的な側面を見てきました。具体的には、電子書籍リーダーやゲーム機といった情報参照・エンターテインメントデバイスとしてとらえた使い方です。このような使い方を通じて得られる体験は、今のところほかのデバイスでは得られないものだと感じています。

では、もう1つの能動的な側面ではどうでしょうか?

今回はユーザーが積極的に情報を入力していく、スケジュール管理やビジネス文書を扱うためのデバイスとして、さらにはモバイルにおけるビジネスツールとしてのiPadを見ていきましょう。

個人の情報管理ツールとしてのiPad

情報の入力を考えるときは、まず「5W1H」(誰が・何を・いつ・どこで・どのように)を整理してから取り組むと、生産性が上がります。

それらの情報を管理するためのツール、いわゆるPIM(Personal Information Manager)としてのiPadの実力を試してみました。Outlookなどの情報管理ツールの多くは、メール、カレンダー、アドレス帳、ToDoリスト、そしてメモで構成されていますが、iPadでそれぞれに該当する機能を検証してみよう、ということです。

iPadの標準アプリ[メール]では、iPhoneとは異なり2つのパネルでの表示が可能、すなわちメールの一覧とその内容を1つの画面で見られるようになっています。これにより、パソコンのメールソフトに近い感覚でメールを処理できるようになりました。


iPadを横向きにしてメールを表示。左にメールの一覧、右に一覧で選択したメールの本文が表示され、iPhoneよりも閲覧しやすくなっています

筆者の仕事は、書籍や本コラムのようなWeb記事の執筆と、デジタルコンテンツのプロデュースが中心です。仕事の起点はメールであることが多く、それらを日々のスケジュールやToDoに落とし込む、といった流れで情報を管理しています。

iPadの[カレンダー]は、iPhoneではサードパーティのアプリでなければ実現できなかった週間・月間表示にも対応。よりスケジュールを把握しやすくなっています。


カレンダーを表示して[週]を選択。1週間の予定のタイトル、開始・終了時刻が一目瞭然です

アドレス帳=[連絡先]アプリは、iPhoneとほぼ変わりません。各連絡先のグループ分けができるようになるなど、もう少し使いやすくなるとうれしいなと思いつつも、電話をかけることがないiPadではメールアドレスの参照が中心となるので、それほど問題には感じませんでした。

標準アプリ+αでさらに強力に

iPadの[メモ]アプリも、メールと同様に2パネル表示に対応し、使いやすくなっています。ただしメモに関しては、「できるネット+」でのレッスンや「できるポケット+」シリーズの書籍でも人気を集めるWebサービス「Evernote」※1が定番になりつつあり、筆者もそちらを使用しています。

Evernoteのアプリなら、オフラインでもメモ(Evernoteでは「ノート」)が取れることはもちろん、オンライン(パソコンと接続する必要なく、Web経由)で自動的にサーバーと同期され、パソコンやiPhoneなど複数のデバイスで同じメモを参照・編集することが可能になります。

iPhone版のアプリはシンプルですが、iPad版のアプリはそれとは比べものにならないくらい一覧性が高く、快適に使えるようになっています。


Evernote(無料。iTunes Storeへのリンク)でタグ別のサムネイル一覧を表示。iPad版では、iPhone版にはなかったノートブック別やタグ別のサムネイル一覧を表示できます。また、ノートはメールと同じような2パネル表示にすることもできるので、目的のノートを探し、内容を参照するスピードが格段にアップします

このようにiPadの標準アプリとサードパーティのアプリを組み合わせると、かなり強力な情報管理ツールとして使うことができます。筆者は「できるポケット+ iPhoneでGoogle活用術」という書籍を執筆しましたが、そこで紹介したGoogleとのさまざまな連携テクニックも、iPadに応用可能です。

例えばToDo。ToDoリストは残念ながら、iPhoneと同様にiPadにも標準アプリが用意されていません。そこで、Googleが提供するToDoリストを利用します。

Gmailのアカウント(Googleアカウント)を取得し、iPadの標準アプリ[Safari]でiPhone向けToDoリストのページにアクセスすると、ToDoリストが表示されます。現在(5月28日時点)ではiPhone用の表示のみで、iPad用には最適化されていないのですが、使用上は問題ありません。[ホーム]画面にアイコンを追加しておくとよいでしょう。


GoogleのiPhone向けToDoリストのページをiPadのSafariで表示。パソコンでは、Gmailの左メニューにある[ToDoリスト]からこのToDoリストを表示できます

オフィススイート「iWork」でビジネス文書も扱える

iPadを仕事に用いるとなると、情報管理ツールとしてだけでなく、Microsoft Officeファイルなどのビジネス文書の管理・参照ツールとしての役割も必須になります。この用途では、まずiPadへファイルを転送するツールとして、人気のWebサービス「Dropbox」※2が活躍します。iPhone/iPad版のアプリがあり、Evernoteがメモの同期が中心であったのに対し、DropboxはMicrosoft OfficeファイルやPDFファイルなどの文書の同期を行うことができます。

筆者はこれまで、Dropboxに作業中の原稿を入れて、移動中にはiPhoneで内容を推敲、腰を落ち着ける時間があればノートパソコンで作業を続けるようにしていました。この一連の作業を、iPadで行うことはできるのでしょうか?

iPhone/iPad版のDropboxでは、ファイルのプレビューはできるのですが、そこから直接編集を行うことはできません。そこで、iPadに新たに用意されたアップルのオフィススイート「iWork」のアプリ群を早速試してみました。

まずはワープロアプリの「Pages」です。


iPadのPages(1,200円。iTunes Storeへのリンク)で本コラム前編の下書き(Word 2007形式のファイル)を表示したところ。PagesはMacでおなじみのワープロソフトで、こちらはそのiPad版という位置づけです

Wordよりも機能はずっとシンプルで、文字の入力と画像の配置が作業の中心となります。Wordとはフォントやレイアウトが微妙に異なってしまうこともありますが、それらを厳密に再現する必要がない下書きレベルの原稿であれば、使い勝手に問題はありませんでした。


Wordファイルなど、Pagesの形式とは異なるファイルを開く際はこのような警告画面が表示され、一部のフォントやレイアウトの再現性が失われます

データのやり取りはiTunesでも行えますが、筆者の場合はメールでWordファイルを自分宛に送っておき、iPadで受信してから添付ファイルをPagesで開き、編集後に再びメールで送るというスタイルを取りました。iTunesでやり取りするよりも、このほうが効率的だと感じたからです。


Wordファイルを添付したメールをiPadで受信し、添付ファイルのアイコンをタップすると、ファイルのプレビューが表示されます。ここで右上の[次の方法で開く]をタップすると、ファイルを開くアプリを選択できます

一方、表計算は「Numbers」、プレゼンテーションは「Keynote」というアプリで行います。

これらも機能的には、ExcelやPowerPointのサブセットという扱いで利用しています。ですが、iPad+Keynoteの組み合わせでは、少人数であればプロジェクターがなくても即席のプレゼンができるという、iPadならではの新たなメリットがありました。


iPadのKeynote(1,200円。iTunes Storeへのリンク)でプレゼン資料を表示。ノートパソコンの画面を相手へ向けるときはちょっと苦労しますが、iPadならスマートに向けられます

「Ustream」※3のイベントを取材した際、登壇者がiPadで非常に印象的なプレゼンを行っていました。前編では情報を参照する・楽しむデバイスとしてのiPadの優位点をまとめましたが、相手にプレゼンの内容(情報)を楽しんでもらいながら伝えるという意味でも、その強みは生かされそうです。

ただ、iPadではマウスが使えないため、図形などの描画や細かい配置といった作業はパソコンで行い、完成したプレゼン資料を表示するツールとしてiPadのKeynoteを使うのがよいと感じました。

作業効率を考えると大きな不満点も

このように、iPadは能動的な側面から見た場合でも、さまざまな可能性が期待できるデバイスです。しかし、いくつかの不満点も見えてきました。

1つは、シングルタスクであることです。これはiPadに搭載されているiPhone OS自体の仕様で、iPadでは今秋に行われるアップデートで解決される予定です(iPhoneでは今夏の予定)。

とはいえ現状では、例えばSafariでニュース記事のURLをコピー→Twitterのアプリにペースト→記事のタイトルをコピーするためSafariに戻りたい→Twitterのアプリで下書き保存しないと戻れない......といったように、その都度作業の状態を保存する必要があります。

一部のTwitterクライアントアプリには入力内容を自動的に記憶してくれるものもありますが、それでもアプリの終了・起動を繰り返す必要があり、お世辞にも効率的とは言えません。

Twitterでニュースをツイートするシチュエーションではスピードが特に大事なので、パソコンに比べて効率が落ちてしまうのはもったいないと感じてしまいます。

これと似た問題はTwitterに限らず、原稿を書きながらWebを参照したいときにも起こります。軽快に動作するiPadのよさが、作業を行ううちに損なわれてしまうのです。

もう1つは、iPhoneでも多くの人が感じているであろう、日本語入力における変換精度の問題です。

iPadのキーボードで入力した文字は、レスポンスよく画面に表示されます。しかし「いざ変換」となったとき、画面の下のほうに表示される候補の一覧を見ると、「うーん、あり得ない候補が表示されているなぁ......」と感じてしまいます。


Pagesで原稿を書いている様子。入力中の文字は文書内(カーソルの位置)に表示され、変換候補はキーボードの上に表示されます。カーソルの位置によっては入力中の文字と変換候補が遠くなるので、視点の移動距離が大きいのも気になる点です

変換精度の問題は、アップルのプラットフォーム戦略にも関係しています。もし、ジャストシステムの「ATOK」をはじめとしたサードパーティの日本語IME(入力・変換ソフト)がiTunes Storeで提供されていれば、この問題は一気に解決するでしょう。しかし、今のところアップルはそれを認めていません。

前編で取り上げたFlashの問題も同様ですが、iTunes Storeにおけるアプリの審査やサードパーティの参入に対して厳しい姿勢をとっているアップルが、今後どのような対応をするのかは気になるところです。

既存のデバイスを置き換える存在になれるか?

仕事において情報を入力し管理するデバイスとしては、iPadにはまだ課題があることが見えてきました。では、モバイルでの利用シーンにおいては、どのような変化をもたらすのでしょうか?

ここで、筆者が普段仕事で持ち歩いているデバイスをご紹介しましょう。筆者はその日に中心となる仕事によって、デバイスの組み合わせを以下のように使い分けています。

【重装備】
ノートパソコン、マウス、ACアダプター、ノートパソコンの予備バッテリー、iPhone


重装備モードでの筆者の愛用デバイス。仕事におけるほとんどの作業が可能ですが、かさばる上に重い(全部で3kg弱)のは言うまでもありません

前述のように、原稿などの長文作成やPowerPointでの企画書作りを考えると、やはりノートパソコンは欠かせません。外出先でじっくり作業をする必要があるときは、この装備になります。

【軽装備】
ポメラ、iPhone


こちらは軽装備モード。重さはポメラ(DM20)が乾電池込みで約400g、iPhoneが135gと、非常に軽快です

原稿や企画書の仕上げ作業が必要なければ、実はこの組み合わせで事足りてしまいます。「ポメラでの入力」と「iPhoneでの参照」という2つのプロセスが別々のデバイスで行えるので、疑似的ながらマルチタスクを実現していると言えます。

もしiPadを筆者のモバイルデバイスに加えるとしたら、おそらく重装備と軽装備の中間に位置づけられるでしょう。このような組み合わせです。

【中装備】
iPad、Bluetoothキーボード


iPadとアップルのBluetoothキーボード「Apple Wireless Keyboard」の組み合わせ(右)。参考までにポメラ(左)と並べてみました。iPadはケースに入れています。重量はiPadとキーボードの合計で約1kgです

執筆に限らず、ちょっと込み入った報告書をまとめたいときなど、快適なテキスト入力環境が求められる場面は多くのビジネスシーンであるでしょう。iPadではBluetoothキーボードが使えるほか、カメラコネクトキットを用いてUSBキーボードを接続できるとされています。実際にBluetoothキーボードでテキスト入力を行うと、このようなスタイルになります。


Apple Wireless KeyboardとiPadを接続(ペアリング)してテキストを入力中。iPadをケースに入れると、このように傾斜をつけることができるので、両手をキーボードに置いた状態でも画面が見やすくなります

この装備では、軽装備のときよりもカバンの中の容量は増えますが、画面がより大きくなります。また、バックライトがないポメラが苦手とする暗い場所でも、テキスト入力作業ができるようになります。

あとは、iPadでマルチタスクが実現され、日本語の変換精度がATOKを搭載するポメラ並みになってくれれば、より生産性が高いツールとして活躍する機会もありそうなのですが......。

iPadの衝撃はコンピューティングの世界にとどまらない

前編・後編の2回の記事を通じて、受動的・能動的の両方の側面からiPadの使い心地を紹介してきました。

最近では、EvernoteやDropboxに代表されるような、クラウドコンピューティング※4を実現するサービスの進化が顕著です。これらのサービスを通じて、メモや文書などのテキストを中心としたデータだけではなく、写真や映像などの比較的大きなデータもネットを通じて参照できるようになりました。

このような変化は、パソコンよりも手軽に、けれども携帯電話よりもリッチにそれらを楽しみたいというニーズを生んでいます。iPadは、そのニーズにピッタリはまると言えそうです。

筆者はiPadを、「魅力的」というよりも、「衝撃的」なデバイスと評価するべきだと考えています。

現状ではマルチタスクではないこと、日本語の入力・変換には難があることなど、実用面ではまだまだ荒削りな部分があります。しかし、iMac、iPod、iPhoneと数々のイノベーションを起こしてきたアップルが、「ネットブックに置き換わるデバイス」という意気込みで投入するiPadは、コンピューティングの世界だけはでなく、電子書籍やゲーム、ビジネスツールの分野にも変化をもたらすのに十分なインパクトを備えています。

タブレット型のコンピューターは、実はマイクロソフトが2002年から取り組んできた分野です。筆者も2台所有して使っていた時期もあるのですが、価格や重さに対するメリットを見い出すことができず、手放した経緯があります。

振り返ってみると、過去のタブレットはこの後編で述べてきた能動的な側面に注力してきた反面、前編で述べたような受動的な側面、つまりエンターテインメントデバイスとしての価値の提供が、十分ではなかったのかもしれません。

北米ではすでに100万台以上が販売されたというiPadに、パソコンメーカーをはじめとした他社が学ぶべきポイントは多いでしょう。しかし一方で、アップルのクローズドなプラットフォーム戦略に対して、よりオープンな環境を提供するほかのプレイヤーがユーザーの支持を得る余地も残されています。

例えば、GoogleはAndroid OSを搭載したタブレット型デバイスをすでに発表し、アプリマーケットの整備や書籍の電子化を強力に推し進めています。

携帯電話やスマートフォンを除けば、成熟・停滞しているかのように見えたコンピューティングデバイスの世界ですが、iPadの登場によって、もう一段の進化を期待できそうです。iPadだけでなく、その周辺にも注目していきたいと思います。

電子書籍リーダーとして見たiPad、また電子書籍をはじめとしたコンテンツの未来について、まつもとあつしさんが出版社やクリエイターの方々を取材されています。興味のある方は、こちらの記事をご覧ください。

まつもとあつしの「メディア維新を行く」(ASCII.jp)

おまけ:iPadと一緒に持ち歩くべきアイテム

キーボードとの組み合わせでも紹介しましたが、ケースは重要なアイテムです。アップルだけでなく、サードパーティからもさまざまなタイプが発売されています。本体を保護してくれるのはもちろん、前述のように画面に適切な角度を付けられるのもポイントです。


アップル純正のケース「iPad Case」に入れたiPad。今のところ純正のケースに満足しています
※1:Evernote
テキストや画像、音声、Webページのクリップなど、あらゆる情報を記録できる無料のオンラインメモツール。パソコンやiPhoneなど複数のデバイスで、ネット経由して情報を同期できる。
http://www.evernote.com/
→「Evernote」のレッスンはこちら
※2:Dropbox
複数のデバイス間でファイルを同期できるオンラインストレージサービス。クライアントソフトをインストールし、特定のフォルダーにファイルを置くだけというシンプルさが人気。無料で2GBの容量を利用できる。
http://www.dropbox.com/
→「Dropbox」のレッスンはこちら
※3:Ustream
アメリカ発の動画共有サービス。専門知識や高価な機材がなくても、ネットを通じたライブ中継を放送できる。ソフトバンクの出資により5月に日本法人を設立、日本での利用が急速に進んでいる。
http://www.ustream.tv/
※4:クラウドコンピューティング
ネットの先にあるサーバーのリソースを活用したコンピューティング形態のこと。ユーザーは必要な機能を、自分のパソコンにインストールされたソフトウェアではなく、サーバーから提供されるサービスとして利用する。
→「クラウドコンピューティング」のレッスンはこちら