高齢者の介護は近い未来の大きな問題で、日本では団塊世代が後期高齢者となる2025年ごろに医療や介護の負担が高まるとして「2025年問題」という言葉も生まれています。

現在動き出している新ビジネスから、10年後の社会と働き方の変化を見通す書籍『10年後の働き方 「こんな仕事、聞いたことない!」からイノベーションの予兆をつかむ』では、この問題に対し、そもそも介護が必要ない状態を作る「遠隔ケアワーカー」という働き方が紹介されています。

しかし「介護が大変ならば要介護でない人を増やせばいい」は、「パンがなければケーキを食べればいい」のような無茶な発想に過ぎないのでは? という気もしませんか? 未来の働き方としての可能性は、本当にあるのでしょうか?

著者である未来予報株式会社の曽我浩太郎氏と宮川麻衣子氏に、未来の仕事の発想を聞きました。

未来予報株式会社
曽我浩太郎氏、宮川麻衣子氏の2人により2016年に設立。詳しいプロフィールは前回のインタビューを参照。


「課題解決」の発想だけでは行き詰ってしまう

――「こんな仕事、聞いたことない!」という新ビジネスが数多く紹介されている『10年後の働き方』の中でも、電話でアドバイスを行うケアサービス「ハーベイ」(Harvey)は、非常に変わった事例だと思います。

ハーベイは直接ではなく電話によるアドバイスで提供されるケアサービスという点が独特。対象は高齢者に限らない。

私たちはケアサービスというと「要介護の人を、ほかの人が直接介護する」という前提で考えてしまいますが、ハーベイは高齢者に限らない人を相手に、電話による間接的なサービスで、「介護が必要ない状態」になるようにアドバイスしていくサービスです。

従来の「ケア」のイメージとはまったく異なっていて、正直なところ、初めて聞いたときには受け止め方に困りました。

曽我:私たちの社会は、問題に対して「こうだから、こうすればいい」という「課題発見&解決」を行って進歩してきました。例えば「工場の排水が環境を汚すから、汚染物質を取り除いてから排水しよう」といった形です。

しかし、最近の社会では課題を解決できる方法がなかったり、明確な課題が見えなかったり、そもそも課題がおかしかったりする可能性も増えています。私たちもずっと課題解決の発想で仕事をしてきましたが、それだけでは行き詰ってしまうことが出てきました。

例えば「高齢者の介護が必要。だけど予算がない」というとき、「ボランティアベースで何とかしよう」では破綻が目に見えています。そこで「そもそも、なぜ高齢者に介護が必要なんだ?」と課題設定を疑った結果生まれたのが、ハーベイだと考えられます。

――なるほど。そもそもの課題を考え直すという発想には、なかなか至らないですね。

曽我:デザインの世界では「スペキュラティヴ・デザイン」という考え方が生まれています。一般的なデザインが課題解決型の発想で行われるのに対し、スペキュラティヴ・デザインは「問いを生み出すデザイン」と言われていて、解決策ではなく「こうかもしれない」という想像や憶測を提示し、議論を起こします。

――未来予報の「こうなるかもしれない」という予報の考え方と似ていますね。

宮川:スペキュラティヴ・デザインの考えとどこまで一致しているかはわかりませんが、「問いを生み出す」ということは、私たちも重視していますね。そうして起こった議論から、まだ誰も思いついていない新しい解決策に届く可能性もあります。

曽我:ハーベイのCEOは、同社の前に高齢者に向けて人を派遣する自立支援サービスを行っていました。しかし、主に人件費の問題から、それをクローズすることになります。そのとき彼は「ケアサービスは本当に人を派遣しなければならないのか?」と課題を考え直したのだと思います。

そして、課題設定が悪かったのではないかという結論に至り、「そもそも介護が必要な人を減らせるかもしれない」ということでハーベイが生まれたのでしょう。欧米の人は、こうした根本的な部分の切り替えが早いと思います。

――そのように考えると、ハーベイが始まった理由も理解できますね。「正解」かどうかはわかりませんが、きちんと考えられた1つの可能性だと思えます。

曽我浩太郎氏は、イベントで出会った起業家の活動を長く追って自身の活動の励みにしているという。「およそ8割の新ビジネスは消えてしまうと言われますが、それらも次の新しい動きにつながる可能性があります。ビジネスとしての成否にかかわらず、独創的なアイデアから未来を見ることができます」。

「こういう可能性もあるんじゃない?」と気軽に議論できるようにしたいしたい

宮川:日本だと「課題」を考え直すことが難しいですね。一度決めてしまったものをふたたび議論することが、タブー視されがちだと思います。

曽我:私たちは課題を見つけると安心してしまうんですよね。あとは解決策を出せばいいだけなので、比較的簡単なんです。ですが、課題について考え続けるのは難しい。

おそらく「課題の解決」にあたることは、人工知能がどんどん進化して得意になっていくと思います。でも課題の設定は、まだまだ人間でないとできません。

今の社会が抱えている大きな問題を、本当にこの方法で解決できるのか? こういう方法もあるんじゃない? ともっと気軽に議論できるようになってほしいですね。

――『10年後の働き方』の中では、行政が公開している計画や資料に対して突っ込んで、異なる可能性を提案している場面が多数あります。確かに「本当にこの課題設定でいいのか?」と感じる点は多いと思いました。

宮川:課題設定もそうですが、資料の温度感も気になっています。人の心が熱狂しないと社会は変わりませんよね。でも、多くの資料からは「熱」が感じられません。

一方で、2017年5月に経済産業省の次官・若手プロジェクトが公開した資料はとても話題になりました。言葉のはしばしから、自分たちが社会を変えたいという情熱が強く感じられたからこそ、多くの人が反応したのだと思います。

経済産業省の次官・若手プロジェクトが2017年5月に公開した資料「不安な個人、立ちすくむ国家 ~モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか~」。公開直後からSNSなどで話題となり、異例のダウンロード数となった。

――この資料は確かに話題になりました。批判もありましたが、応援の声が大きかったように感じましたね。

曽我:このような提案や問題提起から、多くの議論が起きていくといいと思います。ただ、日本ではなかなか難しいなと感じることもあります。

欧米では「あなたと私は違う」という前提があるから、お互いに違う考えを出し合って議論しやすいです。一方で日本では「みんな同じだ」という意識が根底にあることが多いので、異論を出しにくいんですよね。まず、この前提の意識を変えることが必要なのでしょう。

宮川麻衣子氏。本当は行政が多くの議論を呼び起こし、多様な声を吸い上げて国全体の制度作りに生かしていく「創発」(個別のさまざまな取り組みにより、システム全体に新しい性質が規定されること)をリードする形が理想的ではないかと語る。

1人で「想像する」時間を大切に

――気軽に議論をするには、2人のようにいつでも話し合える仲間のグループを持つことが、まずやれることになるかもしれませんね。

曽我:議論のためには必要なのは相手と、自分自身で「想像する」ことですね。私たちも「未来予報をこうしたい」と鮮明に想像しながら活動しています。想像で描いたイメージがないと提案もできないし、議論もぶれてしまいます。

宮川:想像といえば、私が子どものころにはSFのコミックや小説がたくさんあって、未来のことをたくさん想像しました。でも大人になった今は、周りで触れる機会が少なくなっていると感じています。

でも、大人にはフィクションが必要ないわけではなくて、「サウス・バイ・サウスウエスト」(SXSW:米テキサス州オースティンで毎年3月に開催される世界最大級のビジネスイベント)にはSFファンが集まるセッションがあります。

イベントでもない普通のビジネスの現場で、あまり想像を語っても、ばかにされそうな気がしてしまうこともあります。でも、想像することを軽く見ないで、続けていくことが大切なんだと思います。

曽我:想像することは、1人でぼーっとしているときでないとできないんですよね。1人の時間を大切にしてもらって、この夏に1人で旅をするときに『10年後の働き方』を持って行っていただけたらうれしいです。


「こういう可能性もあるんじゃない?」と周囲に問いかけることを、未来予報株式会社は常に続けています。課題設定そのものを考え直す、そして議論して新しい可能性を探っていくことは、閉塞感や行き詰まり感があるさまざまな業界や地域で必要になることではないかと思います。

一足飛びに正解にはたどり着けなくても、考え続けて正解に近づくための想像と議論の環境作りに、まずは取り組んでいきたいものです。

10年後の働き方 「こんな仕事、聞いたことない!」からイノベーションの予兆をつかむ(できるビジネス)

10年後の働き方 「こんな仕事、聞いたことない!」からイノベーションの予兆をつかむ(できるビジネス)
  • 未来予報株式会社(曽我浩太郎・宮川麻衣子)
  • 定価:本体1,500円+税

聞き手・構成:山田貞幸(できる編集部)