デザイン思考とは考え方(マインドセット)

デザイン思考とは、「人々がもつ本当の問題を解決するための考え方(マインドセット)」です。デザインという言葉を聞くと、デザイナーのための思考法なのかと思われるかもしれませんが、実はそうではありません。どんな人でもデザイン思考を実践できます。

英語の「Design」は「設計する」という意味であり、日本人が「デザイン」という言葉からイメージする「外観を整える、美しくする」ことは、「設計する」のほんの一部分にすぎないのです。

デザイン思考とは、共感(Empathize)、定義(Define)、アイデア(Ideate)、プロトタイプ(Prototype)、テスト(Test)といったプロセスを行ったり来たりしながら進めることで、人々の本当の問題をあぶり出し、解決策を見い出す、つまり問題解決のための考え方です。

各プロセスの具体的な考え方や進め方は著書に詳しく紹介していますので、そちらをお読みいただきたいのですが(笑)、もしあなたが何か問題を解決したいと思っているなら、デザイン思考を使うことをおすすめします。

インタビューは、ジャスパーさんが「日本の人々がクリエイティブになれる場所」という居酒屋で行った

どんな人でもデザイン思考はできる

私はデザイン思考教育の総本山であるスタンフォード大学d.schoolで2年間学び、卒業後はサムソンや楽天、メルカリといったIT企業でデザイン思考を実践してきましたが、IT企業に限らず、どんな組織でもデザイン思考を行うことができます。

たとえば、レストランのオーナーにとっても、デザイン思考は優れた方法論だと思います。スタンフォード大学で受講した授業の1つに、「よりよいレストラン体験をデザインする」というプロジェクトがありました。

お客様にとってのよりよいレストラン体験を考えるにあたって、まずはそのレストランに長時間勤務する従業員がどのような環境で働くことを望んでいるのか、そしてどんな空間であればお客様のために最良のサービスができるのかをトピックにしたところ、インテリアデザインをもっと居心地のよいものに変えるという解決策が浮かんできました。

もし数学教師だったら

また、たとえばあなたが中学校の数学教師だったとしましょう。生徒たちによりよい数学の学び方を提供したいと思ったなら、まずは普段教えている生徒と話をする必要があります。「なぜ数学を学ぶのが難しいのか」または「どうやって数学を学んでいるのか」と聞いていきます。

授業でわからなかったときは、きょうだいや両親に教えてもらっているのか、塾や家庭教師などで学ぶのか。どのように彼らが数学を学んでいるかをインタビューし、デザイン思考を使用して、いくつかのプロトタイプをつくってみることができます。

プロトタイプができたら生徒たちにこう提案しましょう。「よし。今日はいつもの数学の勉強とは違うアクティビティーを試してみましょう」。

これらの事例からもわかるように、レストランでも学校でもデザイン思考は使えます。なにも新しいサービスや新しいアプリを開発しているIT企業やスタートアップ企業にいく必要はありません。どこにいても何をしていても、何かをデザインしようとするならデザイン思考を適用できるのです。これがデザイン思考の方法論です。私は企業だけでなく、学校、官公庁などでもぜひ取り入れていただきたいと思っています。

継続してトレーニングする

本書の中でも何度も申し上げていますが、デザイン思考を身に付けるには、継続してトレーニングすることが欠かせません。なぜなら人はこれまでの教育や環境などから、自分自身の考え方が形成されており、これを変えるのは簡単ではないからです。

周りの人に共感してみる、何か困ったことはないか考えてみる、そしてそれをどうやって解決していったらいいのか考える、といったトレーニングを続けることをおすすめします。ここでのポイントは「違和感」です。生活の中で何かおかしいと感じることや、不便なことなどがあれば、それこそデザイン思考のトピックになりえます。日頃からどんな違和感があるかいつも考える癖をつけることが大事です。

最も大事なのはマインドセットです。私の場合は、d.schoolの環境が考えを大きく変えてくれました。そうでなければ、私はいまのように人に深くかかわって共感することはできなかったでしょうし、効果的なブレインストーミングのやり方やクリエイティブなアイデアの出し方もわからなかったと思います。

デザイン思考を学びたい方はぜひ、自分の専門分野や自分の仕事にだけ目を向けるのではなく、オープンマインドで別のこと、別の視点でもデザイン思考を生かしていただきたいと思います。そうすれば、いつか仕事で別のチームから助言を求められることがあるかもしれないし、学生であれば他の学生にアドバイスをする機会があるかもしれません。

サンフランシスコの街をデザインする

d.schoolで過ごした2年間は本当に濃密な時間でした。私はデザイン思考ブートキャンプの他、「デザインリーダーシップ」「デザイン組織論」の授業、そして多くのポップアップクラスに参加しました。ポップアップクラスというのは、週末の土曜、または土日に行われる短期のクラスで、通常のクラスのような厳しい選抜がないため、多くの人にとって受講のチャンスがあります。

数あるポップアップクラスの中で特に私自身の意識が変わったのは、自分の専門分野とは違うことをデザイン思考で解決するクラスでした。病院に行って緊急治療室(ER)のデザインをしたり、サンフランシスコの街をリデザインしたり、テック企業に赴いて、そこで起きている多様性の問題、たとえばジェンダーやそれぞれの出身地に対する問題などにも取り組みました。ここでは、サンフランシスコの街のリデザインプロジェクトを紹介します。

このクラスのファシリテーター(ワークショップを促進する役割の人)は3人いました。1人はGoogle Xの著名なデザイナー、もう1人はAppleのカスタマーエクスペリエンスの専門家、最後の1人はサンフランシスコ市の街づくりを請け負っているコンサルティング会社の人でした。丸1日のクラスで、クラスは早朝から始まりました。

事前準備として、ファシリテーターは私たちに「あなたにとって神聖な場所」の写真を持ってくるように求めました。これは一種のアイスブレイクであり、参加者同士が知り合うためのものでした。そして、参加者同士で写真を見せ合いながら、どうしてその場所が重要なのか、そこでどんな体験をしたのか、などを共有し合いました。

その後、フェリービルディングのマーケットエリアに向かい、そこにいる人々を観察します。その場にいるのはお店で働いている人か、観光客の2種類に分けられました。そこで、人々に「この場所はあなたにとってどんな意味があるのか」「どのようにこの場所を使っているのか」といった質問をして話を聞いていきました。桟橋で休憩しているシェフにも話を聞きました。そして、どうしたら彼らのためによりよい空間をデザインすることができるのか考えました。

考えた案を街づくりのコンサルティング会社に持ち帰り、フェリービルディングのある「エンバカデロ地区の歴史」、そこにいる人々は「未来の街に何を期待しているのか」などをテーマにプレゼンをしました。その後ブレインストーミングとアイデア、プロトタイプといったデザイン思考のプロセスを経て、できあがったプロトタイプを持って、再度フェリービルディングに向かい、そこにいる人たちにテストしてもらいました。

このプロジェクトのように、d.schoolでは地元の企業や学外の組織とのコラボレーションも活発にしており、企業からの依頼に基づき、学生たちがデザイン思考を使って問題を解決する、という取り組みをしています。企業も学生からのアイデアを求めており、学生も実社会の中でのデザイン思考の実践を、身をもって学ぶという得難い体験ができます。これはとても興味深いことだと思いました。

サンフランシスコの街をリデザインするプロジェクトの様子(左端がジャスパーさん)

d.schoolも進化している

d.schoolには多くの先生がいて、誰もがデザイン思考を自分なりの方法にアレンジして教えています。また先生がたのバックグラウンドも多様です。心理学出身だったりエンジニア出身であったり異なるバックグラウンドをもっています。ですが、根本にあるデザイン思考のマインドセットはみんな同じであり、お互いに敬意を払っていました。

そして、それぞれのアイデアを組み合わせて、どうしたら次のクラスではよりよくできるのか、来期はどんなプログラムをやろうかなど、どうしたら生徒たちがもっとわかりやすくデザイン思考を学ぶことができるか、を常に研究していました。d.schoolの授業自体がデザイン思考の基本である「人間中心」を掲げ、先生や授業も常に進化しているのがわかる瞬間でした。

デザイン思考とデザインスプリント

デザイン思考とよく比較されるものに「デザインスプリント」というメソッドがあります。デザインスプリントはGoogleではじまった、チームを支援し、短期間で適切なソリューションを実現するための方法論です。

アイデアをプロトタイプに落とし込み、課題を解決することを目指します。デザイン思考が「考え方」だとすると、デザインスプリントは何かをつくるための「手段」です。まず、デザイン思考のマインドセットを身に付けたうえで、デザインスプリントを行うと、よりよい解決策を導き出すことができるでしょう。

デザインスプリントは、一般的に5日間で行います。5日間という期間は、新しいスタートアップや大きな施策を考えるときに設定されるものです。短期間でアイデアを形にし、どのように機能するのか、検証できれば成功だといえます。デザインスプリントは、チームや組織が問題を解決するのに役立つ強力なツールといえるでしょう。

デザインスプリントについてはインターネット上にたくさんの資料や、「SPRINT 最速仕事術――あらゆる仕事がうまくいく最も合理的な方法」(ダイヤモンド社)などの書籍がありますので、まずは「Google デザインスプリント」などのキーワードで検索してみることが役に立つと思います。

まずはデザイン思考のトレーニングを行い、考え方を学んでからデザインスプリントに進むと、より効果的にデザインスプリントを学べると思います。

ノートに走り書きしてもらったジャスパーさんのサイン

未来をよりよくしよう

私は台湾出身で、日本に来て約3年経ちます。この間に感じたことは、日本の人々はとても恵まれているということです。日本には台湾に比べて就労の機会や成長のチャンスがたくさんあります。そして特に若い人たちは「いままでのやり方を変えたい」とも思っています。ぜひオープンマインドでいろいろなことをディスカッションしながら、未来をよくしていければと思います。

ちなみに、私の故郷である台湾の人たちはとてもオープンマインドです。自分自身の思い込みやバリアを取り払い、オープンマインドになりたければ、台湾に行かれることもおすすめです(笑)。

自分たちの組織を変えたいと思っている方、何か新しいことをはじめてみたい方、デザイン思考ワークショップを受けてみたいと思われている方は、私までご連絡いただければと思います。メールアドレスは creativemashimashi@gmail.com です。

また、10月以降には私の個人プロジェクト「クリエイティブ増し増し」にて、ワークショップなども考えていますので、興味がありましたらぜひウェブサイトをチェックしていただけたらと思います。

▼「クリエイティブ増し増し」のサイト
クリエイティブ増し増し


ジャスパー・ウ(Jasper Wu)
スタンフォード大学による「d.school」でデザイン思考を学び、デザイン思考のワークショップファシリテーターとしてキャリアをスタート。
また、プライベートでは「増し増し.inc」を立ち上げ、"Unlock your creativity"をテーマにデザインワークショップやトレーニングなどを行う。

実践 スタンフォード式 デザイン思考 世界一クリエイティブな問題解決(できるビジネス)
ジャスパー・ウ 著/見崎大悟 監修
定価:本体1,600円+税

構成:渡辺彩子(インプレス)