Part2 Section 07 カクイチ

コミュニケーションの変化が驚くほどの企業風土改革に

田中離有 氏
株式会社カクイチ 代表取締役社長
1985年慶應義塾大学商学部卒。1990年、米ジョージタウン大学でMBAを取得する。2001年、カクイチ代表取締役副社長、2014年より現職に就任。グループ日米11社の代表。

ネットワーク型組織を志向してUniposとSlackを導入

カクイチはガレージ・倉庫やホースの施工・製造・販売など多岐にわたる事業を展開する、創業130年の老舗企業だ。機能別組織が多数あるうえ販売会社も全国各地に存在し、変化への対応が遅くなりがちで、デジタル化も遅れていた。

この状況を打破し「地域や時間も超えて組織を横断して仕事をしたい」という思いを抱いた田中離有氏は、2008年頃からiPadやLINEを個人的に導入した。しかし、情報システム部からセキュリティ面での問題を指摘され、全社で使うまでには至らなかった。

その後も複数のツールを試すが満足できないまま、2014年に社長に就任。そして2017年に情報システム部の部長が替わったことを契機に、デジタル化とネットワーク型組織をふたたび志向し始める。

田中氏が考えるネットワーク型組織とは、組織の哲学を中心に、情報によって組織の上下関係とは関係のない横のつながりを作り、三角形のように人と人とをつなぎ、それぞれが組織を動かすというもの。田中氏は「三角形ネットワーク」とも表現しており、トップが介在しなくても組織内にたくさん作られた三角形のつながりによって仕事を進められることが理想だ。

これを実現するために同社で導入されたのが、ピアボーナスサービスの「Unipos」(ユニポス)と、Slackだった。田中氏は「UniposとSlackを同時に導入したからこそ、結果的にいい結果となったと思う」と分析する。

カジュアルに感謝し合う文化がSlack上でも実現

Uniposは同名の会社によるWebサービスで、社員同士がポイントや感謝・称賛のメッセージを送り合うという機能を持つ。ピアボーナスとは、仲間を表す「peer」と、報酬の意味を持つ「bonus」を組み合わせた言葉だ。社員のモチベーション向上や、相互コミュニケーションの促進に効果があるとされる。

田中氏は、これを社員の横のつながりを強化するために導入し、「○○してくれてありがとう」と伝え合うカルチャーを社内で浸透させようとした。このことが、Slackの使われ方にも影響を与え、気軽に、気負わずに、お互いの仕事に対してお礼を述べたり、感謝を伝えたりするポジティブなコミュニケーションがベースになった。

当初から、オープンチャンネル中心でSlackを運用するよう意識している。業務上の都合もあるが、「仕事の情報共有だけでなく、Uniposで行われている感情・感謝のシェアリングをしたかった」という側面があり、田中氏も導入当初はプライベートチャンネルを見つけるごとに「どうしてカギをかけるの? どうせみんなに共有するんでしょ?」と声がけしていたという。

カクイチの組織形態の変遷

KNOW-HOWネットワーク型組織は横のつながり強化がカギ

一般に、組織の人間関係はリーダーを中心として放射状に作られる。しかし、田中氏が考えるネットワーク型組織(三角ネットワーク)は、構成員同士の横の関係が強化され、組織内でいくつもの三角形を構成するように、密な人間関係が構築されるのが理想像だ。

これによって、もしもリーダーが抜けることがあっても、皆がコミュニケーションを取って仕事を進めることができる。

ネットワーク型組織を作るためには、社員どうしがポジティブなコミュニケーションを取り、関係を構築する機会が必要だ。そためにカクイチで導入されたのが、Uniposと、Slackだった。UniposはSlackとAppで連携可能だが、カクイチではそれぞれを独立した状態で運用しているという。

Uniposと同じタイミングで使い始めたおかげで、今の社内のSlackの雰囲気が作れたと思っています

SlackがメジャーSNSの魅力を併せ持つメディアに

カクイチにおけるSlackの導入、そして雰囲気作りには、社員を普及のけん引役である「アンバサダー」に任命する施策も大きく貢献していた。Slackの導入時には全国27拠点から2人ずつをアンバサダーに任命。彼らのやりとりをおもしろそうだと感じたほかの社員が、「自分もSlackに参加したい」と願い出る流れを作った。アンバサダーのまとめ役として研修を行っていた経営統括本部ITグループの柳瀬氏によると、このときに「業務連絡や通達など、社内の重要な情報はSlackにしか上げません」と決め、仕事のためにはSlackを見なければならない環境を作っていったそうだ。

社員の興味を喚起するアンバサダーの存在と、Slackを使わざるを得ない環境作りの両面から迫ることで、Slackは徐々に全社に浸透していく。そして、田中氏が2019年の年頭に行った投稿が、Slackの活用に大きな弾みを付けるきっかけとなる。初詣の報告や駅伝のレポートなどを投稿したところ、それまでになかった大量のリアクションが返ってきたのだ。

ごく日常的な投稿がSlackの印象を変えるきっかけになると感じた田中氏は、月に一度のペースで、あえて業務に関係のない投稿を楽しんで行うようになる。これを受けて社員の間でも競うように「おもしろい」投稿をする空気が生まれた。そのうち、有名歌手のミュージックビデオのパロディのようなものなど、手をかけて編集した動画を投稿することもブームに。さながら、SlackがYouTubeのような雰囲気になったそうだ。

いささか悪ノリが感じられる投稿もあったようだが、田中氏は「そんな使い方はするな」といった指示は一切しなかったという。それは「おもしろい投稿、ためになる投稿があれば、社員は『勝手に』Slackに参加してくれる」という予感があったからだった。こうしてカクイチにおけるSlackは、LINEやYouTubeなど、著名なSNSのいいとこ取りをしたような位置付けとなっていった。

KNOW-HOW各組織のアンバサダーが普及をけん引

カクイチでのSlack導入時には、各拠点や組織から2人ずつアンバサダーが任命された。SOMPOシステムイノベーションズの事例でもアンバサダー制度を紹介したが、カクイチでは、まず女性スタッフに使いこなしてもらうことを目指して、女性中心に人選を行った。

条件としては、ある程度のITスキルがあり、「おせっかい」なほどに世話好きの人、勢いや発信力がある人を選んだという。これが功を奏し、アンバサダー同士のやりとりを見てSlackに興味を持つ社員が増えていったそうだ。

アンバサダーの活用はSOMPOシステムイノベーションズでも成功を収めている。トップの考えでSlackを導入する際は、ボトムアップでの普及を助けるアンバサダーの存在が効果的に働くといえそうだ。

トップダウンでの導入ではなく、アンバサダー経由で広めることで、Slackが社員に自然に受け入れられました

「便利に楽しく」という方針でSlackを使っていく

「おもしろい」投稿が増えるのと並行し、業務面でもSlackは活用されるようになっていく。これも戦略的に活用方法が取り入れられたわけではなく、田中氏の「とにかく便利に使って、楽しく仕事をしよう」という方針のもとに進んでいった。

例えば当初、営業報告などを行う業務用のチャンネルと、ラフなコミュニケーションを楽しむチャット用のチャンネルを完全に分けていたそうだが、どのチャンネルにどの情報があるか混乱を招くため、2つのチャンネルは1つに統合された。

また、WordやExcelの文書をそのままアップロードしている人も多かったため、「読む人の手間が考えられていない」として省力化を促した。

「閲覧するだけならPDFでいいし、なんならスマホで撮った写真でもいい。Googleドライブで管理しているファイルなら、わざわざWordやExcelのファイルに変換しなくても、そのリンクを直接送ってくれたほうが楽じゃないですか」(田中氏)

こうして今では、各種資料はもちろん、稟議書の回覧や結婚の報告、ビデオ会議の予約まで、すべてのやりとりがSlackで行われるようになったという。Slackの普及とコロナ禍を受けて、紙の文書を使ったワークフローは一掃された。

こうした動きの背景にあるのは、やはり田中氏の「Slackを便利に楽しく使おう」という考えだ。「業務連絡はおもしろく短くしよう」「Slackはゲームのようなもの。楽しくやろう」といった考えは何度も社内で周知されているそうだが、それが正しかったことは業務成績にも現れているという。

Slackを気楽なコミュニケーションの場と捉え、楽しく使っているチームはコロナ禍の中でも業績が伸びているという。一方で、社内でも活用度の差はあり、単なる業務連絡ツールとして使っているチームは業績が伸びていないそうだ。情報の発信力と実績にも相関関係が認められているそうで、やはりSlackは楽しく使ったほうが仕事をするうえで効果的なのだろう。

オンラインで取材に応じる田中氏。トップダウンでどのようにSlackの導入を主導してきたか、その取り組みが詳細に語られた。

年配社員の活躍など予想外のメリットも多数

Slackの活用で、ほかにどのような効果があったのかを聞いてみた。

「現場への伝達スピードが2倍になり、現場の情報がトップに集まって意思決定するまでの速度も2倍に。おかげで組織内の情報の伝達速度は4倍かそれ以上になりました」(田中氏)

多くの情報を事前に共有しているため、根回しや調整のためにエネルギーを取られることもなくなった。同時に不特定多数の視線を否応なく意識するため、前向きな意見が多くなり、変な反対意見も出づらくなったという。

絵文字も積極的に活用している。オリジナルの「リアク字」(リアクションのために使う絵文字)を作成・活用することで、読む側はLINEのように簡単に返信でき、そうしたリアクションが投稿する動機付けにもなっている。また、どのような情報に価値があるのかが周囲もわかりやすいというメリットもある。

「若手・年配者が活躍する」という、事前に想像していなかったうれしい変化もあったという。

「今、いちばん組織を活性化させているのが、Slackを活用する60代の社員です。彼はこれまで全国各地を転勤していて顔が広い。だから離れたところにいる後輩を組織を超えて叱咤激励したりしています」(田中氏)。

ほかにも、Slack上で動画や川柳の投稿が流行したことで、何かを判断するときの判断基準は「正しい」よりも「おもしろい」が重視される傾向に。結果的に現在のカクイチは、非常に自由に、フランクなやりとりができる組織になっているという。

KNOW-HOW社長専用のオリジナルの「リアク字」を活用する

カクイチではSlackのリアクションとして使用する絵文字「リアク字」に、田中氏しか使えないオリジナルのものを設定している。

これが付けられた投稿は「社長が見ている」「社長がよいと評価している」ことが示されるため、会社が向かうべき方向を見ているユーザー全員で共有できると共に、社員にとっては承認欲求を満たす「最強のツール」(田中氏)になっているという。

私が付けたリアク字が社員のモチベーションになり、よりよい投稿をしようという風潮が生まれています

カクイチで使われているオリジナルの「リアク字」。資料の決裁や承認にも活用されている。

デメリットにもさまざまな対応を実施

Slackは、中間管理職の業務にも大きな影響を及ぼしたそうだ。これまで組織内で調整や管理をするだけだったマネージャー的な中間管理職は、より上位の管理職と一般社員がSlackで直接コミュニケーションする機会が増えたことで、役割を失いつつあるという。

その代わりに求められているのが、自分の考えを示し、部下を導くリーダータイプの人材だ。正しい判断のためには常にアンテナを立てて情報を集める必要があり、そのためにはSlackを使いこなすことも必須のスキルとなる。

また、カクイチのSlackでは1カ月に6万件ものメッセージが飛び交う。もちろんすべてチェックする必要はないのだが、1日Slackを見ないだけで社内の雰囲気に置いていかれたり、社長のスタンプが押されないことを気に病んだりといった"デジタルストレス"の発生も課題となっているそうだ。こうしたデメリットを緩和するために、長期休暇中はSlackを見ないことが推奨されている

チャットが活況でログが速く流れるため、個別の事項について、時間軸や責任の所在があいまいになることもしばしばあるという。そのため現在は、次々に発生するさまざまな問題に対し、解決に導くタスクフォースチームを結成して対応している。組織を横断して5人が選ばれるこのチームは、3カ月限定で特定の問題にあたるため期限と責任が明確だ。カクイチでは150人近くがこのタスクフォースチームに関わっているが、その成果が賞与の査定にも影響するとあって、チームの一員に指名されることは歓迎されているそうだ。

自由な雰囲気だからこそ生まれる新しい取り組み

そのほかにもユニークな取り組みがSlackから生み出されていった。例えば、営業部門では夏場に「チオビタドリンク作戦」という営業手法が流行ったという。

「ある営業部員から『暑くて営業先の担当者もぐったりとしていた日に、栄養ドリンク(チオビタドリンク)を渡して、商談はそこそこにあいさつ程度で帰ったところ、かえってよい印象になったみたいで。その後の商談もうまくいった』というエピソードが投稿され、話題になりました。これをほかの営業部員も取り入れて、ちょっといい成果が生まれたのです」(田中氏)

「裏社長賞」もユニークなエピソードだ。正式な社長賞は1カ月に1回選定されるサイクルで決まっているため、よりスピーディにいいアイデアを評価しようという考えから生まれた。田中氏が認定した社員には、SlackでAmazonギフト券のコードがすぐに送られるという速度感で、サプライズ施策として社員に刺激をもたらしているようだ。

「Slackで企業文化が変わる」楽しく使っていたらその好例に

コミュニケーションを円滑化するツールとして導入されたSlackだが、想定以上の効果をカクイチにもたらした。組織のカルチャーに大きな変革をもたらし、今ではSlack発のアイデアが事業に取り入れられる、新しい企業文化の基盤にもなりつつあるようだ。

今後の活用方法もさまざまに考えているようで、田中氏の口からは「Slackの投稿数やリアクション数を人事の評価軸に加えたい」「外部にもどんどんSlackを展開して、情報を共有することでより大きなイノベーションを起こしたい。コロナ禍で出向くことができないので、外部パートナーの農家さんや得意先にゲストアカウントを配布しています」など、すでに実行に移しつつあるものを含め、アイデアが次々と語られた。

Slackで企業文化を変える――とはよく言われることだが、カクイチでは、たしかに驚くほどの変革が起きていた。その理由は、田中氏が取材中に何度も述べた「楽しく」「おもしろく」というキーワードにあると感じる。

「楽しく」は、ややもすると悪ノリや野放図な状態にもつながりかねないが、独創性や工夫を生み出す源泉ともなる価値観だ。カクイチでは、田中氏が社長に就任する前には業績が低迷する時期もあり、変革を起こしたいという機運も強くあったそうだ。そうした土台を「楽しく」をキーワードとして盛り上げたことが、皆の気持ちに火を付け、変革につながっていったのではないだろうか。

KNOW-HOWSlackの使い方を人事の評価軸に

カクイチではSlackの使い方を元にした"信用スコア"を人事の評価軸に加える予定だ。その指標は量(投稿数)、共感(リアクション数)、影響力(田中氏のリアクション数)など。

さらにこのスコアをランキング化したり、何かと交換したりといった要素も考えられている。これも社内で「Slackを上手く使えたほうが仕事がよくできる」という土壌ができているためだろう。

Slackを使いこなしたほうが仕事が上手くいく。そのためSlackの使いこなし方も評価基準に加えます

※「Slackデジタルシフト」の取材は2020年8~9月に、ビデオ会議を利用して行っています。