Part2 Section 10 コープさっぽろ
大規模組織で課題の横連携がSlack導入でスマートに
対馬慶貞 氏
生活協同組合コープさっぽろ デジタル推進本部長
2003年から日本IBM社で海外事業と銀行システムに携わり、2008年から米国クレアモント大学院ドラッカースクールにてMBAを取得する。2010年に北海道にUターンし、日本ファシリティ社にて専務取締役に就任。2015年から生活協同組合コープさっぽろにて経営企画室長、事業本部長、店長、店舗本部、デジタル推進本部と営利、非営利事業に幅広く携わる。
緒方恵美 氏
生活協同組合コープさっぽろ デジタル推進本部 広報部 部長
旅行雑誌エリアプロモーター、映像制作会社コンテンツ事業部を経て2014年より生活協同組合コープさっぽろに入協。組織本部子育て支援室室長、広報室室長、広報採用部部長を経て2020年3月より現職。
全国トップクラスの事業規模を誇る生活協同組合
1965年に創業したコープさっぽろは、北海道の人々が出資し合って事業が行われている道内唯一の生活協同組合だ。商圏となる北海道はとにかく広いが、107の店舗・38の宅配センターでその隅々までカバーしており、生活協同組合の事業規模としては全国トップクラス。また、広大な北海道をカバーする宅配システムを通し、多くの消費者を持つことから、地元自治体と連携して高齢者の生活支援を行うなど、社会貢献的な活動も行っている。
同組合は、1998年に一度経営危機に陥り、そこからV字回復を遂げたという過去がある。そのような経験から、経営改革や新しいことへのチャレンジ精神を備えていたことが、コープさっぽろにおけるSlack普及の後押しとなる。
なお、筆者はCIO(最高情報責任者)として、同組合のSlack活用やデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進を手がけている。この事例は、まだ発展の途上ではあるものの、筆者自身の取り組みの事例でもある。
Slackの導入により組織を超えたコラボが実現
そもそもコープさっぽろにおけるSlackの利用は、他社の事例を知った対馬氏が2019年11月に使い始めたのがスタートだ。まずは個人で試用してみたところ好感触を得て、12月には対馬氏が率いるチーム内でアプリ開発を行う際のコミュニケーションツールとして活用し始める。
その後、2020年2月に同組合のDX推進を担うデジタル推進本部が対馬氏を長として発足し、同部内と、関係部署の有志がGoogle WorkspaceとSlackを本格導入する。このころ、筆者がCIOとして参加し、Google WorkspaceとSlackを使ううえでのコツを彼らに伝えたのだが、それらは会議の運営方法やSlack運用ルールとして取り入れられている。
こうして本格的な導入が始まり、同組合内で利用者数が伸びていく。順調に伸びた理由はいくつかあるが、もっとも大きな理由として、コープさっぽろでは組織を横断した連携の難度が高かったことが挙げられる。同組合にはパート・アルバイトを含め16,000人近くの従業員がおり、北海道全域を商圏とするため物理的に遠く離れていた。そのうえ、店舗の運営や宅配だけでなく多くの関連事業があり、組織の隔たりもあった。そのような組織で、距離や組織の隔たりなくコミュニケーションできるSlackは歓迎される。
「もともとは組織横断でのアプリ開発のためにSlackを取り入れました。複数の組織で密に連絡を取り合うには、Slackのようなチャットツールが不可欠だったのです。そこからほかの組織にも横展開していったのですが、どうやらほかの部署でも同じ課題を抱えていたようで、皆が積極的に活用してくれています」(対馬氏)
利用者が増えた現在も「コミュニケーションの場を分けるとSlackを入れている意味がなくなる」(対馬氏)と、組合全体が1つのワークスペースで運用されている。そして、これまでではありえなかった速度・規模でのコミュニケーションが実現した。
取材に応じる対馬氏。Slack導入をはじめ、コープさっぽろのDXを推進する。
横連携の鍵となる広報部が社内普及の起点に
コープさっぽろにおけるSlackの普及に貢献するもうひとりのキーマンが存在する。広報部部長の緒方恵美氏だ。デジタル推進本部が発足したとき、広報部も本部内に参加していた。組合内の話題を集め、内外に知らしめる広報の業務に、横連携を促進するSlackはぴったりだったのだ。
対馬氏は「緒方さんはデジタル推進本部発足時からのメンバー。システム部周りの人間だけではなく、アプリ開発や彼女を中心とした広報部の人といったクリエイティブなことをしている人たちから火が付いたのは影響が大きかった」と振り返る。
その緒方氏はSlackを使い始めてすぐ、その便利さの虜になったという。これまで紙とメール主体で行ってきた広報の取材活動や事例の展開が格段にスピードアップしたのはもちろんのこと、日常のちょっとした困りごとも気軽に相談できるようになった。
「例えば、探している書類がどこにあるか誰に聞いたらいいかもわからないときに、これまでだと、ひとりひとりに聞いて回る必要がありました。それが、Slackでは部署のチャンネルに質問したら、知っている人が返事をしてくれます」(緒方氏)
これは、Slackが人対人のコミュニケーションでなく、チャンネルという「場」で話題を共有しているからこその効果だといえる。Slackを気に入った緒方氏ら広報部のメンバーは、やがて、絵文字にはまったという。
「絵文字のリアクションなどを使ってやりとりしていると、20~30代の女性が多い部署だからか、みんなおもしろがってくれました」(緒方氏)
こうして広報部で広まったことをきっかけに、Slackの魅力は多くの部署へと拡散していく。広報部はSlackを活用して仕事がしやすくなり、広報部との会話でSlackを知った他部署から、Slackを使いたいという引き合いが寄せられる。これが普及を強く後押しした。
「Slackは気楽に話ができるのがいいですよね。これまでコープさっぽろのTwitterでツイートするときには、他部署にメールで取材していました。それがSlackに変わったことで、すごくスムーズになりました」(緒方氏)
現在は対馬氏と緒方氏がメインとなって、Google WorkspaceとSlackの導入に関するオンライン/オフラインでの勉強会が毎週行われている。この活動についても「最近ではパートさんにまで広がっていますね」と手応えを感じている。
KNOW-HOWオリジナルのカスタム絵文字が利用を促進
ワークスペースのカジュアルな雰囲気作りに、オリジナルのカスタム絵文字が大いに役立ったと、対馬氏も緒方氏も認める。後述するコープさっぽろのnote(P.121参照)では、秀逸なカスタム絵文字を表彰する「Slack絵文字大賞」が行われている。
絵文字でのリアクションは楽しい雰囲気を作るだけでなく、コミュニケーションのシンプル化にも役立ちます
絵文字のリアクションなど手軽さがSlackの大きな魅力
絵文字によるリアクションは、対馬氏も「Slackに絵文字を作る機能がなかったら、こんなに盛り上がらなかった」と言いきるほど、組合内でのSlack普及に貢献したことを認める。20代のメンバーが流行り言葉で絵文字を作ったところ、それから絵文字でリアクションする習慣が一気に広がった。また、「楽しい」という感性的な面だけではなく、機能的な面においても絵文字によるコミュニケーションは効果的だという。
「自分はもともと、メールを書く際に『お疲れさまです』『お世話になります』『よろしくお願いいたします』といったことをいちいち書く手間を面倒に思っていました。Slackはそれを『了解です』の絵文字だけで済ませられるのが素晴らしい。
それに、情報を発信する側からすると、相手に伝わっているかどうかわかるのは重要なことです。絵文字なら、リアクションする側も受け取る側もそれを簡単に確認できる。面白いだけでなく、ビジネス上のコミュニケーションとして便利です。たとえ雰囲気が多少緩んでも、そのメリットのためなら些細な問題だと思っています」(対馬氏)
スマホも積極的に活用し現場も巻き込んでいく
Slackを使うことで情報共有のちょっとした手間が省けるようになったことも、活発なコミュニケーションを促進する要因になっていると対馬氏は分析する。メールではファイルを送るだけでもパスワード付きで圧縮して添付して解凍して......と手間がかかっていたのに対し、SlackならGoogle Workspaceで作ったファイルへのリンクを張るだけで済ませられる。これだけでも大きな時間の節約になる。
スマートフォン版のSlackアプリも積極的に活用している。自分宛てのメンションが付いたメッセージはスマートフォンで素早くチェックし、資料を編集してURLを共有するような場合はPCで操作する。「SlackはスマホとPCで半々くらいで使っている」(対馬氏)という。
また、スマートフォンアプリの導入が、売り場や営業先といった現場からの気軽な情報発信につながっている面は見過ごせない。
「紙でやりとりしていたときは、どこかの売り場で成功事例があっても、それを現場がドキュメントファイルにまとめ、本部が受け取り、冊子にして郵送して......と共有に数週間かかっていました。それがSlackではスマホで撮った写真をアップするだけで全店舗に共有できるようになったのです」(対馬氏)
KNOW-HOWスマートフォン版で組織内の連携を強化
対馬氏も「Slackを利用するうえで、PCと半々くらいで使っている」というスマートフォン版アプリ。これはPCで可能な機能の多くを利用できる優れものだ。営業職や店舗での販売員といった、デスクで逐次Slackをチェックできるわけではない人たちにも利用を広めるため、スマートフォンの活用は不可欠だという。
コープさっぽろのような大きな組織では、「紙とメール」のスピードでは連携がなかなか進まない。手軽に情報を共有できるスマートフォンとSlackの組み合わせは、そこに風穴を開ける格好となった。
これまで数週間かかっていた事例の共有が、スマホとSlackなら10分もかからずできるんです
会議やビデオ通話の行間を埋めるSlackの気楽なやりとり
こうしたSlackの手軽さはコロナ禍でも大いに役立った。コープさっぽろでは2020年春にテレワークが制度として取り入れられたが、「ビデオ会議中以外は何をしているのかわからない。部下をどう評価したらいいかわからない」という声があったそうだ。
同時にZoomも使われていたが、ビデオ会議は参加者には情報を共有できるものの、非参加者にはどのような会話がなされたかわからない。また、「進捗どう?」といった軽い質問をするためにだけビデオ会議をするのも大変で、結果的にコミュニケーション不足を招いていた。
Slackでの非同期のやりとりが、このような「完全に切れた状態か、ビデオ会議をするか」というコミュニケーションの間を埋めた。対馬氏は「対面で行うリアルな会議やビデオ会議といった重たいやりとりの行間を埋められる存在がSlackなのではないか」と、テレワークにおけるSlackの役割を分析した。
上役の参加は後回しにして文化・雰囲気作りを最優先
Slackの導入・普及にあたって気をつけたことを聞いたところ、対馬氏はカジュアルな雰囲気作りにこだわったことを挙げた。
「運用ルールは作っていて随時アップデートしていますが、厳しくし過ぎないようにしています。カジュアルな雰囲気が損なわれてしまったら本末転倒です」(対馬氏)
こうしたカジュアルな雰囲気・文化を根付かせるため、最初は上役のSlackへの参加を意図的に避けていたという。
「気を使う人がチャンネルにいると、その人の目を避けるためDMやプライベートチャンネルを使うかもしれません。それではSlackを使う意味がない。だからオープンに、カジュアルにコミュニケーションできるカルチャーが根付くまで、偉い人はあえて入れないことにしたのです」(対馬氏)
しかし、こうした取り組みのさなか、予想外の出来事が起こる。
当初、対馬氏は社内の利用者が500人くらいに達し、Slack内にカジュアルな空気が醸成されたところで上役に利用をすすめる予定だった。しかし、そのアクションを行う前の8月下旬、大見英明理事長(一般的な企業での社長にあたるポジション)から「Google WorkspaceとSlackを勉強したいから教えてほしい」という連絡が届く。
大見氏は、1998年の経営危機の際には既存店舗の立て直しにあたり、2007年から理事長として組織の改革にあたっている。コープさっぽろが新しいものを積極的に取り入れる風土を持つのは、同氏の影響によるところが大きいそうだ。
対馬氏が各ツールの説明をしている最中、大見氏はその場で経営陣に対してメールを執筆。「今後の連絡は9月1日からすべてSlackで行います。Slackに未登録の人は登録をお願いします」と、突然の連絡を行ったという。
これを受け、8月31日に行われた幹部会では「2021年からは全面的にSlackでいきましょう」と決定したそうだ(2021年12月までに全体への展開を予定)。これを契機にコープさっぽろでのSlack導入はさらに加速する。このような決断と行動の速さはさすがといったところだが、それも説得できるだけの実績と材料を揃えたうえで、説明に臨んだ対馬氏の存在があってこそだろう。
実現したいアイデアは多数1万6,000人の頭脳にも期待
コープさっぽろではSlackの導入から1年も経っていないが、その便利さがトップまで認識され、メインのコミュニケーションインフラになろうとしている。これにより、対馬氏はまず各店舗を回るスーパーバイザーの仕事内容が大きく変わるだろうと予測する。
「北海道は広大なため、スーパーバイザーの仕事時間の9割は移動に費やされます。チャットやビデオ会議でコミュニケーションが済むようになれば移動時間は大きく減るはずです」(対馬氏)
カメラやセンサーといったデバイスとSlackとの連携も検討する。
「店舗内のカメラと連携させて、Slackで何かあったときは通知されると便利だと思います。トラブルがあってもすぐに対処できますし、結果的にお客さまへのサービス向上にもつながるはずです」(対馬氏)
今後は、労務ソフトの「SmartHR」や勤怠管理サービスの「ラクロー」と連携し、Slackを通じて管理できる事務作業を増やすことも考えているという。Slackを単なるコミュニケーションツール以上に発展させることを将来的、しかし現実的な展望として語っていた。
Slackが情報共有を加速する起爆剤に
コープさっぽろは、北海道を代表する大企業ともいえる組織で、なおかつスーパーマーケットというレガシー産業に軸足を置く。筆者がCIOとして参画する前から改革へのモチベーションが高かったのは事実だが、ここまでスピーディにSlackの導入が実現したのは、対馬氏や緒方氏をはじめとするメンバーの努力があってこそだろう。
筆者がコープさっぽろのメンバーの立場として見ても、Slack導入の効果は大きい。これだけの規模の組織となると、組織内を横断した情報共有や、トップ層とのコミュニケーションはどうしても滞りがちになるが、Slackの利用者が増えるにつれ、明らかにコミュニケーションの頻度が増えていることを実感している。
同じような形態の組織でも、同組合の取り組みは参考になるだろう。絵文字の積極的な活用や、広報部のような他部署とのコミュニケーションの多い部署からの導入など、いささか手前味噌だがコープさっぽろのこれまでの取り組みはかなりうまくいっている。
KNOW-HOW広報活動の"ネタ"にSlackを活用
コープさっぽろでは広報活動の一環として、コンテンツ配信プラットフォーム「note」でDXの取り組みを発信している。TwitterやInstagram、YouTubeの公式アカウント、Facebookページも利用している。これらはいずれも商品やサービスの紹介が主目的だが、noteは同組合のDXへの取り組み状況や自らの学びなど、いわば舞台裏を見せる場となっている。
北海道だけでなく全国のDXに取り組む人、関心がある人にコープさっぽろを知ってもらうきっかけになることを期待できるだけでなく、何より職員の学び直しにもなる。
ひと言コメントから、長谷川さんへのインタビューまで、いろいろなコンテンツを載せています
コープさっぽろDX
https://dx.sapporo.coop/
※「Slackデジタルシフト」の取材は2020年8~9月に、ビデオ会議を利用して行っています。