Part1 Section 02 働き方を変革する要点
「オンラインで働く」感覚がデジタルシフトに欠かせない
会議やコミュニケーションの変革がカギ
企業のデジタルシフトには、2つの世代があると考える。1世代目は、1990年代後半から起きた、PCの導入や文書作成のデジタル化だ。Officeを活用して資料を作成し、電話やFAXでなくメールを利用し、帳簿をデータベース化するなど、従来、紙ベースで行っていた業務をシステム化していた時代である。
そして2世代目の、2010年代後半から起きているデジタルシフトは、オンラインを前提としたビジネスツールで情報を共有し、常時コミュニケーションをとりながら仕事を進める方法への転換だ。GoogleのWorkspace(旧称 G Suite)やMicrosoftのTeamsのようなグループウェア、Zoomのようなビデオ会議、そしてSlackのようなチャットアプリが主役となる。
1世代目のデジタルシフトでは、企業の主業務がデジタル化された。顧客管理システムや営業システムが、多くの企業で稼働している。
対して2世代目のデジタルシフトでは、会議や社内外のコミュニケーションなど、組織として事業をするために欠かせない業務が対象となる。
例えば営業部員であれば、下図のように、営業活動自体よりも会議への参加や資料作成に多くの時間を割いているのが実態ではないだろうか。そして、これらの業務こそ、テレワークで難しさを感じた部分の大半だったはずだ。会議や資料作成をデジタルにより変革することの恩恵は大きい。
営業部員の時間の使い方のイメージ
オンラインを当たり前に捉える
1世代目のデジタルシフトは、アナログな感覚の延長で対応できた。しかし、今のデジタルシフトは、オンラインを前提とすることで、業務のやり方をまったく異なるものに変えてしまう。これに取り組むには、オンライン環境を当たり前に捉えて「オンラインで働く」感覚が大切になると、筆者は考えている。
例えば「会議は会議室に集まって行う」というのは、いわばオンラインでなかった時代の常識だ。しかし、日常的にオンライン環境に触れていないと、新しいやり方に関心が向きにくいし、よさに気付くことも難しい。会議の例でいえば、ビデオ会議を経験する前には抵抗を感じた人が大半だと思う。最近はコロナ禍の影響もあってビデオ会議が一般的になっているが、経験してみると、意外と使える、十分に業務をこなせると思えるのではないだろうか。
個人的に友達や家族とオンライン通話をした経験があれば、より上手に利用でき、意義を実感しやすい。しかし、嫌々ながらおっかなびっくりで使うのでは、うまく使えないし、よさもわかりにくい。
このように、デジタルツールを使ったオンラインでの活動経験や、抵抗感の少なさが、オンライン環境を仕事に取り入れ、新しい働き方ができるかに影響してくるのだ。
筆者も根はアナログ人間。メルカリでの経験が転期に
このように語っているが、筆者もどちらかといえばアナログでオフラインの感覚が強い。筆者が社会に出たのは1990年代前半。オンラインどころか、まだPCもめずらしい時代だった。
その後、企業の情報システムに携わるようになり、2018年にメルカリにCIO(最高情報責任者)として参画して、若いエンジニアたちと仕事をするようになる。オンラインで働き、オンラインの感覚を意識するのは、メルカリに入ってからだ。
メルカリでは、筆者の入社時から退職時まで、1回も紙の書類を使わなかった。これは、紙をデジタルに置き換えるペーパーレス化が進んでいるというだけの話ではない。より使いやすいデジタルツールによる仕事環境が構築できており、紙を使う必要がないのだ。このような環境で学び、また試行錯誤を重ねて開発した働き方を、これから解説していく。
COLUMNオフラインもオンラインも等価である!?
メルカリ時代に、特に印象的だった出来事がある。入社してまだ間もないころに、当時のCTO(最高技術責任者)と若手のエンジニアとの3人で食事に行った。
食事を終え、CTOが筆者たちに向かって話す中、若手のエンジニアはずっと手に持ったスマートフォンを操作している。直属の上司であるCTOに気にする様子がないので黙っていたが、内心では「なんて失礼なヤツだ」と思っていた。
後日、このことについてCTOと話すと「目の前の人の話を聞かないのが失礼なら、オンラインでの呼びかけに応えないのも、同じように失礼にあたるのではないか。同僚からの問い合わせに対応していたようだし、それはそれでいい」と言われた。
目の前の相手が第一で、ネットの向こうの相手はその次という感覚が、現代でも広く共有される常識だとは思う。しかし、オンラインの相手も等しく大切で、呼びかけに応じるべきだという考えも、確かに一理あると感じた。
業務の目的を捉えなおしデジタルツールで実現する
「オンラインで働く」とは、業務の目的を捉えなおし、デジタルツールを前提に手段を再構築することでもある。例えば「会議」とは、何のために行うものだろうか? 突き詰めて考えれば、情報の共有や意見のすり合わせ、そして、何らかの提案を承認するなどの意思決定だといえる。
これらの目的をデジタルツールによって達成する手段を考えていくと、情報共有が目的の会議は、情報をまとめた文書をGoogleドキュメントなどで共有することでもいいと考えられる。形態として「会議」とは呼べないかもしれないが、目的は達成可能だ。
また、十分に議論を重ねてきた提案の承認は、皆が集まる必要はなく、Slackなどを利用したチャットでも行える。責任者が「承認します」と書き込み、皆が確認できればいい。
一足飛びに大きくやり方を変えてしまうことには問題もあるが、業務の目的をデジタルで達成する手段を考えていくと、このように、従来とは異なるが、時間や作業量を大幅に節約して目的を達成できる方法が見つかる。このことは、もちろん生産性の大幅な向上にも貢献できる。
オンラインでは信頼関係の構築を意識的に行う
ただ効率を追求するだけではない、「オンラインで働く」ことの別の面も紹介したい。
オンラインで働く場合でも、チームの信頼関係を構築することは欠かせない。オフラインの、常にオフィスで顔を合わせて働く環境では、チームの信頼関係はあって当然、という建前で仕事を進められた。しかし、顔を合わせないことも多いオンラインでうまく仕事を進めるには、意識的に関係構築の機会を持たないと、コミュニケーションが破綻してしまう。
メルカリでは、上司と部下による1対1の面談、いわゆる1on1を毎週30分ずつ、業務の一環として行っていた。1on1は対面でもビデオ会議でもいいが、仕事の話題は出さず、部下の近況などの話を聞く。仕事中のコミュニケーションの「行間」を埋める相互理解が目的だ。
例えば、近況を知らない部下が「病院に行くので休みます」と突然言ってきたら、仮病を疑ってしまうかもしれない。しかし、家族が病気だとか、本人の体調が思わしくないとかいった話を聞いていれば、事情を理解でき、言葉足らずな発言も適切に受け止められる。こうしたことが、気持ちよく働ける環境の下地を作るのだ。
COLUMNチャットの雑談も関係構築の機会となる
テレワークなどで顔を合わせずに働く組織では、信頼関係を構築する場をオンラインで持つ必要がある。その場として、チャットの「雑談」も貴重な場だ。仕事とは直接関係のない話から、人間性も見えてくる。
業務と同じチャットに雑談の場を設け、皆が気軽に参加できるようにするのが望ましい。度を越して熱中されても困るが、ある程度は許容して関係構築を促すのが、オンラインで働く管理職の感覚だといえる。
このコンテンツは、インプレスの書籍『Slackデジタルシフト 10の最新事例に学ぶ、激動の時代を乗り越えるワークスタイル変革(できるビジネス)』の内容をWeb向けに再構成したものです。
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