INTRODUCTION
ある企業のデータ活用プロジェクト

「レポートをメールに添付する企業」が競争力を維持できなくなる理由

社内でのデータの扱いに課題を感じながらも、解決の一歩を踏み出せない企業は多い。その一歩を踏み出したときには、どのような未来が待っているのだろうか? ある企業の経営者を取り巻く出来事を例に、データ活用の現状を見ておこう。

※複数の実例をベースに構成していますが、社名や人名などは架空のものにしています

最強のデータ経営:「レポートをメールに添付する企業」が競争力を維持できなくなる理由

画像素材:PIXTA

本コンテンツは、インプレスの書籍『最強のデータ経営 個人と組織の力を引き出す究極のイノベーション「Domo」』を、著者の許諾のもとに無料公開したものです。記事一覧(目次)や「はじめに」「おわりに」は以下のリンクからご覧ください。
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CEOとCMOの主導で成長してきたグローリー製薬

1918年創業のグローリー製薬株式会社は、年商8,000億円の中堅製薬メーカーだ。本社は東京にあり、大阪と名古屋、福岡に支社を持つほか、国内に4つの生産拠点がある。

主力製品は防虫・防鼠用品で、このカテゴリーでは国内ナンバーワンの売り上げを誇る。一般家庭向けの販売チャネルとしてはドラッグストアが中心で、ビルメンテナンスやホテルなど、法人顧客からの安定した需要もある。

しかし、競合製品と比較した機能差はほぼなく、売り上げはこれまでに築いたブランド力やテレビCMに依存する状況が続いている。最近では、同じく防虫・防鼠用品を手がける西日本製薬株式会社やフシチョウ株式会社などが積極的にキャンペーンを仕掛けており、シェアを奪われかねないのが目下の懸念となっている。

もう1つ、グローリー製薬が力を入れている製品に消臭・芳香用品がある。爽やかな香りと最後の一滴までムダなく使える形状が顧客から評価されているものの、売り上げは伸び悩んでおり、前述した2社の後塵を拝している状況だ。

グローリー製薬を牽引するのは、代表取締役兼CEOの吉本英樹。会社全体の舵取りに加え、研究畑が長かったことから、新製品の開発に向けた取り組みも積極的にリードしている。

また、同社ではマーケティング部門のトップ=CMO ※1を、数年前に広告代理店から転職してきた加藤航志郎が務めている。ビジネス全体に大きな影響を与える広告やブランディングについては加藤が取り仕切ってきた。

※1 「Chief Marketing Officer」の略。最高マーケティング責任者を指す。

最強のデータ経営:「レポートをメールに添付する企業」が競争力を維持できなくなる理由

積極的なマーケティングでライバル企業が迫る

CEOの吉本とCMOの加藤が、新製品開発やブランディングを強力にリードしてきたことで、グローリー製薬のここ数年のビジネスは堅調に推移している。しかし、現状のままで時代の流れに適応した競争力を維持できるのか、2人は強く危惧していた。

加藤が過去に手がけたユニークなテレビCMは、多くの視聴者に強い印象を残したが、そのようなブランディング手法はいずれ限界がくるのではないかと感じている。実際、競合他社はグローリー製薬の手法を採り入れつつ、大量のテレビCMを展開してきている。真っ向から対抗しても消耗戦になり、いずれ行き詰まる可能性が高いだろう。

インターネットでのマーケティング活動にも出遅れた感がある。もちろん自社のWebサイトはあり、オンライン販売を行うECサイトもある。しかし、ドラッグストアでの販売を長年主軸としてきたため、積極的に力を入れている状況ではない。デジタル広告にも取り組んでいるが、テレビCMに投じている広告宣伝費と比較すれば、ごくわずかでしかない。

毎週月曜日にメールで届く大量のExcelファイル

このような状況から、吉本は何らかの社内変革の必要性を感じるようになっていたが、足元となるオペレーションにも不満があった。社内の業務や外部との取り引きのIT化が進むにつれ、それらの現状を把握することが難しくなっているのだ。

吉本のPCには、毎週月曜日の午後になると、営業やマーケティングなどの各部門からExcel形式のレポートがメールの添付ファイルとして届く。それぞれのファイルにはワークシートが何十もあり、何百行にもわたってデータが詰め込まれている。過去のデータに付け足されて更新されるため、ファイルサイズは次第に大きくなり、受信するにも開くにも時間がかかる。

「レポートをもっとわかりやすい雛形にして、各部門からの報告体制も整理してくれ」

吉本は経営企画部にそう何度か伝えているが、多少調整される程度で、大きく改善されることはなかった。

最強のデータ経営:「レポートをメールに添付する企業」が競争力を維持できなくなる理由

毎週メールで届く大量のExcelレポート、何とかならないものか......

さらに、「最終版」と名の付いたレポートが何度も届くことも、吉本にとってフラストレーションがたまる原因だった。メールで送信したあとにミスを発見したので、修正したファイルに差し替えてほしい、という意図はわかる。しかし、どれが最新のファイルなのかが判別しにくいのだ。

過去のレポートを見直したいときは特に面倒で、メールソフトの検索機能を使ってExcelファイルを探すと、同時期に送られてきた微妙に内容が異なるファイルがいくつも見つかる。どれが見るべきデータなのか、さっぱりわからない。

経営企画部の担当者はレポートの統一に苦労

こうしたレポートの業務フローを取りまとめるのは、経営企画部の中堅社員である西田有希子の担当だ。西田は加藤をはじめとする複数の部門長からも、「レポートがわかりにくい」とたびたび指摘を受けていた。加藤は具体的な改善点をメールで提案してくれたこともあり、社内のラウンジで時々アドバイスをもらっていたようだ。

経営層へのレポートの雛形となる、各部門に数字を入力してもらうためのExcelファイルは、西田の主導によって1年前に統一された。各部門から人を集め、まとまらない議論を何とかまとめて定型化した大変なプロジェクトだったが、全社的なルールとして認められ、西田の苦労は報われたかに見えた。

しかし、そのルールは現時点では、とても守られているとは言い難い。各部門のレポートは雛形から微妙に加工されており、見慣れない列が追加されていることもある。理由を聞くと「うちの部にとって、この数字は重要なんだ。ぜひ上にも報告してほしい」と、それぞれの思惑を主張してくる。

営業部門では特にひどい。グローリー製薬では担当する製品や地域によって課が分かれており、各課で作成したレポートを経営企画部でまとめることになっている。しかし、課によって見込み案件の確度には大きなバラつきがあり、売上額の予測を正確に見通すことができない。

また、同じ販売チャネルの売上額が、営業部門とマーケティング部門で異なっていることもある。どちらかの数字に何かが足し合わされているようだが、経営企画部の判断だけで書き換えるわけにもいかない。確認する時間がなく、そのままの数字で経営層に報告したときには、その差を突っ込まれて返答に窮した。西田はこの業務にやや疲れているように見える。

現場でのレポート作成は本来の業務の足かせに

一方の営業部門では、このレポートをどのように考えているのだろうか。実は、営業の現場においても、毎週のレポート作成は担当者の大きな負担になっていた。

入社2年目の若槻隼太は、営業1課でレポートの取りまとめを担当している。課の共有サーバーに置かれているExcelファイルに各メンバーが売り上げなどを入力する取り決めになっており、若槻はそれを集計して経営管理部に提出するのが仕事だ。

しかし、提出期日が近づいても、多くの人はファイルに入力してくれない。先輩社員を催促するのは嫌なものだが、岩槻は何とか1人ひとり捕まえて、その週の売り上げなどをヒアリングして回ることになる。

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そうしてレポートを仕上げても、最後に課長の承認をもらうのが、さらに気が重い。そのままハンコがもらえることは少なく、たいていは「うーん、今ひとつだな。もう少し見栄えがする数字にならないか?」などと渋られる。数字が今ひとつと言われても、ヒアリングした事実をまとめているのだから困ってしまう。

こうしたとき、岩槻は仕方なく、前任者から引き継いだ「マジック」を使う。本来は実績ベースであるべき売上額に、極めて確度が高いと担当者が言っている案件の見込み額を足してしまうのだ。初めて指示されたときは戸惑ったが、「これもひとつの"忖度"だよ。見込みがはずれたら訂正すればいい」と先輩社員に言われ、以降は何も考えないようにしている。

若槻にとって、このレポート作成の業務は面白いはずがないが、かなりの時間を費やすのが日常となっている。本来なら社外に出て顧客とコミュニケーションし、営業のスキルを磨きたいところだろうが、レポート作成のために多くの時間がロックされているのが現状だ。

早く後輩に引き継ぎたいと考えているが、マニュアルとして明文化されていないルールがあり、教えるにも時間がかかる。つい「自分でやったほうが早い」と考えてしまい、悶々とした日々を過ごしているようだ。

CEOですら見たいデータをすぐに見られない

ある日、CEOの吉本が経営企画部を訪れた。大手取引先であるドラッグストアチェーンの重役と明日会食する予定があり、事前に情報をインプットしておきたいらしい。

「大事なお客さまだし、ここ数カ月の取り引きをしっかり把握しておきたくてね。先方のほうが、うちの製品の販売データをよく知っていたら恥ずかしいだろう?」

そう語る吉本は、そのドラッグストアチェーン全体の月別売上額推移と製品別売上額のデータをすぐに用意するよう、西田に求めた。

西田の手元には、主要なドラッグストアチェーン別に前年度の年間売上額をまとめたファイルはあったが、今年度の直近数カ月分は週次のファイルのままで未集計だった。また、製品別売上額のレポートはあるが、チェーン別に集計したファイルはない。

社内の基幹システムには元データがあり、直近数カ月分やチェーン別の集計も可能だが、それには情報システム部門に協力を依頼する必要がある。すぐに対応してもらうのは難しいだろう。西田は正直に答えるしかないと思い、「そのような形での集計は行っていないので、すぐにデータを用意するのは難しいのですが......」と伝えた。

吉本は「わかった。じゃあ、今ある範囲のデータでかまわないので、明日の昼までにまとめて送ってほしい」と言い残して去った。しかし、内心では「この程度のデータもすぐにはわからないのか。このままではまずいな」と危機感を抱いていた。

大事な取引先についての数字も見られない。社内のデータは何のためにあるのか?

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データの読み解きに終始し打ち手まで発展しない会議

その翌週の経営会議では、いつものように週明けに送られてくるレポートの印刷物が経営陣に配られ、それぞれの部門を率いる部門長から数字の説明が行われた。

経営会議においては、データの報告と読み解きに多くの時間を取られるのが通例だ。報告の途中で「この数字はどういう意味?」などと質問が入り、納得できる回答を得るまでに数十分を要することもある。一部の出席者はあくびをかみ殺しているようだ。

この会議の本来の目的は、全社もしくは各部門が抱えるビジネスの課題を特定・共有し、それを解決するための施策や方針について議論することだ。しかし、残念ながらそこまで議論が発展することはほとんどない。

例えば、ある取引先において売上額が減少していることが報告されても、結果しか記録されていないレポートから、それに直結した原因が何かを特定するのは難しい。部門長や担当者が考えられる原因を述べても、誰もその場で検証できないのだ。

そして最後には「営業を強化します」「先方の担当者とのコミュニケーションを密にします」といったお決まりの言葉で締めくくられ、具体的なアクションは講じられないまま、次の報告に移ることになる。

デジタル広告から見える次のアクションは何なのか?

この経営会議にて、自社のECサイトについてマーケティング部門の担当者が説明していたとき、ある事件が起きた。普段、経営会議では穏やかにしていることが多いCMOの加藤が、めずらしく口を開いたのだ。

「ECでどれだけ売れているのかはわかった。ただ、なぜ売れたのかがわからない。出稿しているデジタル広告経由で、うちのサイトにアクセスした人はどれくらいいて、それはどんな人なんだ?そこから購入まで至った人の割合はどれくらいなんだ?」

いつも通り、売上額の結果を報告すればいいと考えていたEC担当者は少し慌てたが、自分なりの答えは持っていたようだ。

「デジタル広告経由でサイトを訪れた人は、全体のアクセスの1割から2割でしょうか。そこから購入した人は半分にも満たないでしょう。ECの主な顧客層は、防虫・防鼠用品を定期的に購入している飲食店が大半だと思われます」

ただ、データによる根拠があるわけではなく、EC担当者が自分の印象を単に述べているだけなのは明らかだった。この回答に対して、加藤は次のように話した。

「現場の担当者として、肌感覚で大まかな状況を理解しているのはいいことだ。でも、この場では君の印象を聞いているわけじゃない。具体的な数字がなければ、今後どの程度デジタル広告に投資すべきなのか、判断はできないよ。もしかすると、それよりも飲食店への営業を強化したほうが効率的かもしれない。Webサイトやデジタル広告は、すべてがデータで把握できることがメリットなのだから、売上額だけを見るのではなく、その背後にある顧客の動きまで探れるようなデータを今後は用意してほしい」

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君の印象を聞いているわけじゃない。具体的な数字で示してほしいんだ

EC担当者は「情報システム部門に相談して検討するようにします」と答えるのが精一杯だった。しかし、反発している様子はなく、加藤の指摘に納得しているようだ。

データ活用が遅れれば競争力を失いかねない

経営会議が終わったあと、加藤は吉本がいる社長室に向かった。自らが日頃から感じていた不安を、あらためて伝えるためだった。

「今日はうちのECについて文句を言いましたが、『必要なデータが見られない』のは、この会社に共通する問題だと思います。よその部門を悪く言いたくはないですが、営業も売上額しか見ていません。それで何かを判断しろと言われても難しいでしょう。実際、競合に比べて自分たちのアクションは遅いのではないでしょうか?このままでは競争力を維持できなくなっても不思議ではありません」

加藤は吉本よりも若いが、吉本がCEOに就任する前から、グローリー製薬の将来について思いをぶつけてきた。吉本にとって、加藤とのこうした議論は楽しみでもある。

加藤の問いに対し、吉本は「実は、自分もまったく同じことを考えていたよ」と話した。

「この経営会議に何の意味があるのか、実は疑問に感じていたんだ。結果を報告するだけで、本当に手を打つべき課題がわからない。まったく手探りの状態で会社を経営するようなものだ。経営企画部には何とかしてほしいと伝えているんだが、なかなか動かない。どうすべきだろうか?」

加藤の答えはこうだ。

「こればかりは現場任せでは進みません。トップがしっかり入り込んだ形での変革が必要だと思います」

そもそもレポート作成の業務は、経営者やマネジメント層が現場を管理するための意味合いが強く、現場の業務を助けるものではない。レポートで扱うデータが増えれば、彼らの負担も大きくなり、どうしても抵抗勢力が生まれる。それを現場間で解決するのは難しいだろう。経営層が直接プロジェクトに参加し、なおかつ現場にとっても意義のあるデータ活用を模索すべき。これが加藤の意見だった。

最強のデータ経営:「レポートをメールに添付する企業」が競争力を維持できなくなる理由

データ活用は現場任せでは解決しない。経営層がコミットしたプロジェクトが必要だ

吉本は深く頷き、「わかった。任せるよ」と答えた。データ活用の変革に向け、グローリー製薬が動き出した瞬間だった。

報告だけのためではなく現場が成果を出すために

翌週、加藤は自分をリーダーとしたデータ活用のためのプロジェクトチームを立ち上げ、経営企画部の西田や各部の部門長、若槻など現場のレポート担当者がメンバーとして加わった。そのキックオフミーティングで、加藤はデータの重要性について訴えかけた。

「いくらデータを集めても、それが結果しか表していなければ、何が原因で、今後何をすべきなのかを理解できない。必要なのは『アクション』につながるデータなんだ。幸い、うちの製品は今のところ売れているが、いずれ他社が迫ってくる。そのときにやるべきことがわかるように、データ活用をもっと意識しなければならない」

もう1つ加藤が強調したのは、現場の変革だ。行き当たりばったりで業務を行うのではなく、社員1人ひとりが自分に必要なデータを参照し、それに基づいて業務を遂行する。レポート作成、すなわち上司への報告のためにデータを活用するのではなく、自分が成果を出すためにデータを活用する文化を根付かせるのだ。

データの洗い出しに加えてツールの選定がスタート

こうしてプロジェクトがスタートし、収集すべきデータの洗い出しが始まった。それと同時に、新たなシステムやツールの選定も進んでいく。西田や若槻をはじめとしたレポート作成の実態を知るメンバーが、Excelだけに頼るデータ活用には限界があると訴えたためだ。

各メンバーはプロジェクトに熱心に取り組んだが、順調に進んだわけではなかった。「自分たちには関係がない」と、データの洗い出しやツールの評価について本腰を入れない社員も多かったからだ。それでも加藤が中心となってプロジェクトを推し進め、3カ月後、まずはマーケティング部門が扱うデータを集約した「ダッシュボード」が完成した。

最強のデータ経営:「レポートをメールに添付する企業」が競争力を維持できなくなる理由

経営層から現場までデータの重要性が浸透

グローリー製薬で最終的に選ばれたのは、「Domo」と呼ばれるツールだった。テレビCMやブランド調査、デジタル広告のデータがクラウド上に集約され、現状把握のスピードと明確さが劇的に変わっていく。

デジタル広告では媒体別のデータも統合・可視化され、注力すべき領域が明確になった。何より、これがいっさい手を動かすことなく、自動的かつリアルタイムに生成されるのがEC担当者に好評だった。

同様のダッシュボードは、すぐに経営企画部や営業部門にも展開された。あるとき吉本が西田に要求した、ドラッグストアチェーン別のデータも即座に見られるようになった。営業部門では売上額だけでなく、営業訪問数や案件数などのデータも取り込み、売り上げ発生までのプロセスを把握することに成功している。

さらに、若槻が所属する営業1課では、顧客ごとの発注数や発注時期をDomoで可視化し、次に発注するであろうタイミングで担当者にアラートを送信する仕組みを構築。これは発注数の底上げと営業効率の向上につながり、現場におけるデータ活用の最初の成功例となった。

毎週月曜日のExcelレポートはなくなり、経営会議も大きく変わった。社内のあらゆるデータがDomoに集約され、会議の出席者全員が共通のデータを見る。データの読み解きに時間をかけることなく、打ち手の議論に集中できる建設的な場になった。

グローリー製薬におけるデータ活用は始まったばかりだが、経営層から現場まで、データの重要性が広く理解されるようになった。今後、同社のビジネスは大きく変わっていくだろう―。

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