CHAPTER 2-7
日本ロレアル [デジタル戦略統括責任者(CDO) 長瀬次英氏]

誰もが同じ数字を見られることから本当の「データドリブン」が始まる

グローバルな規模でのデジタル化を推進するロレアルグループでは、データをリアルタイムに活用するプラットフォームとしてDomoを採用した。それがもたらす価値を、日本初の「CDO」として著名な長瀬氏に聞いた。
※取材時点(2018年7月)の情報に基づいています

最強のデータ経営:誰もが同じ数字を見られることから本当の「データドリブン」が始まる

写真撮影:蔭山一広(panorama house)

本コンテンツは、インプレスの書籍『最強のデータ経営 個人と組織の力を引き出す究極のイノベーション「Domo」』を、著者の許諾のもとに無料公開したものです。記事一覧(目次)や「はじめに」「おわりに」は以下のリンクからご覧ください。
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デジタル化の責任者として社内の旗振り役に

30以上のブランドを擁し、140カ国で事業を展開する世界最大の化粧品会社・ロレアルグループの日本法人である日本ロレアル。日本で生み出された「メイベリン ウォーターシャイニー」が世界的ヒットとなるなど、商品開発の点でも日本法人が果たしている役割は大きい。

この日本ロレアルにおいて、デジタル化の旗振り役を務めてきたのが長瀬次英(ながせ つぐひで)氏だ。2015年、同社は日本で初めてデジタル戦略統括責任者、別名「CDO」(Chief Digital Officer)と呼ばれる役職を設け、長瀬氏がその任に就いた。


最強のデータ経営:誰もが同じ数字を見られることから本当の「データドリブン」が始まる

日本ロレアル株式会社 デジタル&メディア事業本部 デジタル戦略統括責任者
長瀬次英

元Instagram日本事業代表責任者。その後、日本ロレアルにて全組織におけるビジネスのデジタル化の旗振り役を担う(2018年7月時点)。2017年に日本初のCDOとして「Japan CDO of The Year」を受賞、Forbes Japanで「カリスマCxOの一人」として特集される。


転換点となったセルフィーの文化

「デジタルトランスフォーメーション」や「デジタライゼーション」といった言葉は、今でこそビジネスにおいて浸透しているが、当時の日本ではそれほど広く知られていたわけではなかった。なぜ日本ロレアルはそれほど早いタイミングで、デジタル化に踏み切ることができたのだろうか? この問いに長瀬氏は次のように答える。

「デジタルにより、お客さまのことがとてもよく理解できることに気づいたことが、転換点だったと思います。私は前職がInstagramだったのでよくわかるのですが、『セルフィー』の文化が大きなトリガーになりました。セルフィーをするとき、女性は必ずメイクをしますよね。お客さまの中でメイクの重要性がグンと上がるため、化粧品メーカーとしても注目せざるを得なくなります。InstagramやFacebookを見ていれば、お客さまのことがよくわかるのですから。すると、それら=デジタルを無視してビジネスすることはできなくなります」

1人ひとりの顧客ごとに適切なメッセージを発信したり、顧客との結びつきを強化してブランドのロイヤリティを向上させたりする「One to One Marketing」の考え方は以前からあったが、それを実現するのは容易ではなかった。顧客を"個"として捉えることが難しかったためだ。

しかし、スマートフォンやSNSの普及によってデジタル化が進んだ現在であれば、顧客を"個"として捉えることは不可能ではない。「今は個人にリーチして、人それぞれに違ったメッセージを送ることが当たり前の考え方になりつつあります。そのデジタルのパワーを重視すべく、マインドセットを切り替えたわけです」と、長瀬氏は日本ロレアルがデジタル化を推進する理由を語った。

事業本部の垣根を越えたCRMにおけるデータ統合

日本ロレアルには、プロフェッショナルプロダクツ、コンシューマープロダクツ、ロレアルリュクス、そしてアクティブコスメティックスの4つの事業本部がある。また、事業本部ごとに取り扱うブランドがあり、例えばコンシューマープロダクツなら「ロレアルパリ」「メイベリンニューヨーク」「エッシー」といった具合だ。長瀬氏がデジタル化を推進する以前、これらの部門間ではデータ、そして情報の共有さえもあまり進んでいなかった。

「当時、CRMツールによる顧客情報の管理は事業本部ごと、場合によってはブランドごとに行われていました。しかし、それぞれがデータを持っていても、そこで得た知見などが横展開されず、全体としてのシナジーが生まれにくくなっていました」

このような状況の中、長瀬氏は部門間の横のつながりを生み出し、情報共有に向けた取り組みを推し進めていった。その結果、事業本部の垣根を越えてデータを活用する風土が生まれてきたという。その一例として長瀬氏が挙げたのが、CRMを利用した顧客情報の統合だ。

「社内のあるブランドがCRMを使った施策で成功したと知れば、それ以外の部門やブランドに関わるメンバーもやってみたいと思うのが自然です。CRMの統合は、部門やブランドの『サイロ化』を超えてビジネスを加速させるためにも有効でした」

情報を扱うセンスのよさはDomoの大きな魅力

長瀬氏が日本ロレアルのマインドセットを変えていく中、データを活用するためのプラットフォームとして導入されたのがDomoである。そのきっかけになったのが、グローバルも視野に入れた現状把握の難しさだったと長瀬氏は話す。

「CRMを統合したとしても、4つの事業本部と複数のブランドの現状を同時に把握するのは、簡単ではありません。しかも、ロレアルグループは世界中で事業を展開しています。各国の社長が出向いてビジネスの状況を共有する機会も用意されていますが、やはりリアルタイムに把握したいということで、そのための方法が模索されてきました。結果、さまざまなデータを1カ所に集めたダッシュボードを作ろうということになりました」

このような背景からツールの要件定義が進められたが、グローバルで基準を定めても「国によって見方や解釈が異なる」「数字の意味合いが違う」といった問題が生じるおそれがある。各国のCDOが集まって協議する中、その有力な解決策として名前が挙がったのがDomoだった。長瀬氏はDomoについて「情報の扱い方のセンスがよかった」と述べる。

「複数のデータをつないだあと、どのように見せるのか。そのパターンや数の多さ、フレキシビリティといった点が、使いやすさにつながっていると感じました。また、グラフの一部をクリックしてドリルダウンするときの表現にも工夫が見られ、しっかり作り込まれているなと感じます」

各国のCDOの間で評価されたDomoは、検証を経て正式採用に至り、日本を含むロレアルグループ全体で利用されている。

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グローバルな視点でビジネスをリアルタイムに把握したい。各国のCDOが評価したのが、Domoだった

データを自分で見られることは働き方改革にもつながる

ロレアルグループでは、ECやWebサイトの各種パフォーマンス、競合とのシェアやSNSの活動比較、CRMの状況などがDomoでチェックできるようになっている。さらに長瀬氏は、日本だけでなく海外の施策などもDomoで見られるようになっていると話す。

「私たちはDomoのダッシュボードを『コックピット』と呼んでいますが、自分の国だけでなく、ほかの国の状況も見られるようにしています。どのようなキャンペーンをやったときに売り上げが伸びたのか、SNS向けの施策でどのような成果が生まれたのか、すべて見られるのです。全体的な状況を把握するには、CRMツールよりも有効だと感じています」

また、日本ロレアルにおけるDomoの普及に向けたトレーニングにも積極的に取り組んでいる。トレーニングを実施しているのは社内のDomo担当者で、経営層やマーケティング責任者を対象に使い方などをレクチャーする。長瀬氏のチームではDomoをはじめとしたツールの導入までは行うが、それを実際にどう利用するかは各部門に委ねる形だ。

Domoを導入したことで、日本ロレアルの各部門にはどのような変化があったのだろうか。長瀬氏は大きなポイントとして、データに対する問い合わせが大幅に減ったことを挙げた。

「ほかの誰かに聞く前に、Domoを使って自分で見られるようになった。単純ですが、それがいちばん重要だと思っています。もっとも新しい情報が、リアルタイムに1つのダッシュボードで参照できる。それはビジネスを加速するだけでなく、ワークライフバランスや働き方改革にもつながっていると感じています」

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経営層が自らデータを確認できるのが本当の価値

長瀬氏はDomoを導入したことで、「ビジネスにおける会話のレベルが上がった」とも話す。これがどういうことか、少し思い浮かべてみよう。

経営層や部門のトップから「あの施策はどうなっているのか?」といった質問のメールを受け取ったとき、部課長クラスの人々はどうするだろうか? まずはその施策の担当者である部下にメールを転送し、必要なデータの収集を促すだろう。

担当者はWeb解析ツールを開いたり、デジタル広告の代理店に問い合わせたりしてデータを収集し、ExcelやPowerPointでまとめて上司に送信。部課長は内容を確認し、問題なければ経営層や事業部長に報告する、というのがありがちな流れだ。

しかし、一連の対応にはかなりの時間と手間がかかる。長瀬氏が評価するのは、Domoがこうした工数を消し去り、ビジネスに必要な会話の核心にいきなり入れる点だ。

「経営層としてはちょっとした問い合わせでも、現場では相当な工数がかかっていることがよくあります。でも、社長がDomoを使えるようになれば、質問する前に自分で調べられます。この時点でも多くのムダが減りますが、さらに『今、あの施策の数字はこうなっているが、予定どおりなのか?』という質問ができる。『あの施策はどうなっているのか?』に比べると、聞きたい核心に近づいているという意味で、会話のレベルが違いますよね。そのインパクトは非常に大きいのではないでしょうか」

長瀬氏は続けて、Domoの本当の価値を次のように説明する。

「経営層クラスでも自ら現状を把握し、その内容に基づいて社員に質問できることが重要です。それがビジネスの緊張感やクオリティを保つことにつながっていきます。一方で、現場は余計な作業に時間や手間をかけることなく、やるべきことにフォーカスできるようになるでしょう。そのような点にまで波及することが、Domoの本当の価値だと考えています」

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ちょっとした問い合わせにかかる工数がなくなり、いきなり核心から議論を進められるようになる

リアルな数字を見るからこそ本気で施策を考えられる

データを集計した担当者や部門によって数字が変わることがなく、1つのソースに基づく同じ数字を全員で共有できることもDomoのメリットだ。長瀬氏はこの点についても「大きな意義がある」と認める。

「お客さまと向き合ってビジネスをすることを考えたとき、『買われた、買われなかった』は当然として、『見られた、見られなかった』『シェアされた、されなかった』など、そのすべてが重要です。そして、こうしたリアルな数字を社内のさまざまな立場の人が見ることに、すごく大きな意義があります。もちろん、施策の担当者や部門にとっては良い数字しか見せたくないのが人情ですし、悪い数字が社内の多くの目に触れるのはショックです。しかし、だからこそ改善のための施策を本気で考えられますし、真に『データドリブン』と言えるのではないでしょうか」

最強のデータ経営:誰もが同じ数字を見られることから本当の「データドリブン」が始まる

企業全体の健康をチェックし将来の予測もできるものに

すでにDomoの定着度が高い日本ロレアルだが、今後の理想像について長瀬氏は次のように述べる。

「社内全体を見られるようなダッシュボードにするのが1つのゴールでしょう。売り上げやマーケティングのデータだけでなく、倉庫や工場の状況まで把握できるイメージです。現状は、人の身体で言えば両腕が見られるレベル。企業を人間として捉えて、しっかりとした健康診断を受けようと考えると、やはり全身がダッシュボードに入っているべきでしょう。また、リアルタイムなだけでなく、需要予測や販売予測など、将来を読み取るデータも見られるようにできるといいですね」

デジタルの活用に大きく舵を切り、新たな施策を次々と打ち出している日本ロレアルと、それを主導してきた長瀬氏。こうした変革の原動力として、Domoが果たした役割は非常に大きいと言えるだろう。

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