CHAPTER 2-4
米Cisco Systems(シスコシステムズ) [ロバート・リー氏]
ビジネスユーザーへの開放で想像もしなかったデータ活用が進む
BtoBの製品やサービスを主軸とする企業でも、顧客との関係構築のためのデータ活用が当たり前になってきた。企業向けネットワーク機器メーカーの雄であるシスコシステムズでは、すでにDomoの広い浸透が進んでいる。
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本コンテンツは、インプレスの書籍『最強のデータ経営 個人と組織の力を引き出す究極のイノベーション「Domo」』を、著者の許諾のもとに無料公開したものです。記事一覧(目次)や「はじめに」「おわりに」は以下のリンクからご覧ください。
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情報過多がもたらす分析麻痺から抜け出す
ルーターやスイッチといったネットワーク機器の開発・販売により、企業のITインフラを支えているシスコシステムズ。現在ではネットワークのみならず、コミュニケーションやセキュリティ、クラウドなどの領域においても大きな存在感を示している。
このシスコシステムズの米国本社において、デジタルインサイト&イネーブルメントチームを率いているのがロバート・リー氏だ。同チームはデータから得られる知見に焦点を当て、マーケティング活動において利用可能なデータの選別、さらにはその利用方法を検討することをミッションとしている。
「当社はBtoB企業ですが、ここ数年でマーケティングのやり方が大きく変わったと感じています。新しいマーケティング技術が膨大な量のデータを作り出したことで、多くの人が情報過多による『分析麻痺』に陥っているのではないでしょうか」
シスコシステムズ
ロバート・リー 氏
Robert Li
Digital Insights and Enablement
Marketing and Communications
Cisco Systems, Inc.
こうした状況の中、リー氏は社内のマーケティングチームと協力して「利用可能なデータは何か、そのデータをどのように利用できるのか、行うべき施策は何かを、真の意味で理解する」ことに取り組むようになる。
「当社には『見る、思う、行動する』という表現があります。これはすなわち、データが示しているものをよく見て、どうしてそうなるのかを考えて仮説を立て、そして行動する、ということです。私たちはデータから継続的に仮説を立て、アクションを起こすことに集中したいと思っています」
単にデータを見るだけ、あるいは仮説を立てて終わるのではなく、具体的なアクションにつなげることで、データドリブンにビジネスを展開していくことが重要だというわけだ。
ビジネスユーザーの意見を重視してツールを選考
シスコシステムズには以前からデータ分析のためのツールがあったが、その利用目的は主に報告業務であり、過去に起きたことを振り返るためのものだった。しかし、リー氏が求めていたのは、データをよりリアルタイムに近い形で確認でき、かつ社内のビジネスユーザーでもデータをさまざまに探索できる仕組みだ。リー氏のチームは、新たなツールの選定に取り組むことになる。
「複数のツールを候補とし、選考プロセスは6〜8カ月続きました。この間にDomoの担当者がやってきて、いくつかのカードを作るのを手伝ってくれたため、本当に機能するのかを実際に確認できました」
この選考プロセスでは、社内のビジネスユーザーにテストしてもらうなど、現場のメンバーの意見が重視された。「実際に使う立場にある人に好まれるツールでなければ、導入しても意味がありません」とリー氏。さらに、検証にあたってのポイントを次のように述べた。
「社内のビジネスユーザーがデータ分析のためのツールを使いこなすうえでは、何より興味を持ってもらうことが重要です。ツールから得られるインサイトがいかに素晴らしいかはひとまず置いておき、とにかく『使ってみよう』と思ってもらうのです」
このような選考を経た結果、最終的に決まったのがDomoだった。
社員が自発的にデータを探索する動きが生まれる
シスコシステムズでは、Domoのユーザーの役割を大きく2つに分けている。カードを作成できる「エディター」と、データを使うだけの「コンシューマー」だ。この「コンシューマー」に当たる社員に対して、リー氏は導入当初、次のように説明したそうだ。
「みなさんはデータにどっぷり関わる必要はなく、すべての意味を知る必要もありません。『データを通して、より多くのことが学べる』ということを知ってもらうだけで十分です」
そのうえで、実際に「コンシューマー」の社員にDomoを使ってもらう。最初は試行錯誤だったが、徐々に彼ら自身の力で、必要とするデータにたどり着くようになった。すると、彼らに変化が現れた。
「自発的に『もっといろいろなデータを探したい!』という感覚を持つようになりました。その段階に至ると夢中になってデータを探し、より深く考えるようになります。これこそが私たちの狙いであり、Domoによって実現できたことの1つです」
現場のメンバーが夢中でデータを探し、より深く考えるようになった
部門によって違うデータを集約してガバナンスを強化
加えて、異なるチームの社員が同じ数字を見て議論できる状況も、Domoによってもたらされた。
シスコシステムズのマーケティング組織は、製品マーケティングのチーム、地域ごとのフィールドマーケティングのチーム、そして法人向けマーケティングのチームに分かれている。Domoを導入する以前、各チームが参照するデータベースは同じでも、それぞれが独自に集計した数字で報告することが起きていたとリー氏は振り返る。さらに、同じであるはずの数字がチーム間で違っていたとき、その原因を解明することにも労力を費やさなければならなかった。
「あるとき、私が『このデータはどこから取ってきたのか?』と担当者に尋ねると、データソースからダウンロードしたいくつかのExcelファイルから集計したものだとわかりました。データソース自体は正しいのですが、Excelでの集計過程で何かをしてしまい、表示される結果が変わっていることに気づいていなかったのです」
Excelはデータを柔軟に加工できるツールだが、意図せずに誤った集計をしてしまうこともある。リー氏は「柔軟性はないものの、データを中央でコントロールできるようにしたい」と考え、Domoによってそれが実現されることになった。
社内の全員が同じ数字を見られるようにするには、データを適切にコントロールするためのガバナンス
を効かせる必要がある。その実現を考えたとき、さまざまなデータを一元的に取り扱うことができるDomoは有効なソリューションとなることがわかる。統治およびそのための体制や方法のこと。
「ハブ&スポーク型」でデータ活用の権限を委譲
シスコシステムズにおけるDomoのユニークな取り組みとしては、独自の認定資格も挙げられる。
社内にいるデータ分析のコアチームはわずか8人であり、それだけでグローバル全体で求められる必要なカードの作成を請け負うのは難しい。そこで、Domoが提供するトレーニングの一部を採用しつつ、独自のトレーニングも組み入れた認定資格のプログラムを構築し、前述の「エディター」を育成している。
独自部分にはシスコシステムズとしてのデータ活用の考え方が盛り込まれており、社内でカードを作成するには、このプログラムを受講して認定資格に合格しなければならない。
「私たちのオンライン会議製品である『WebEx』を利用したトレーニングセッションを受講し、テストに合格すれば『ベーシックエディター』の資格を得られます。これで2枚のカードを作成する実践的な講習を受けられるようになり、作成したカードの品質チェックを通過すると『プロエディター』として認定します」
現在、シスコシステムズには全世界で約1,100人のDomoユーザーがおり、約120人が「エディター」として認定されているそうだ。
また、データをすべて分析のコアチームで統制するのではなく、各チームに権限を委譲する「ハブ&スポーク型」
の体制でDomoを運用している。CHAPTER 4-3を参照。 Domoの利用拡大・定着化において有効なチーム体制モデルの1つ。詳しくは
「チームごとに『ガバナンスリーダー』と呼ぶ役割を1人指名しています。中央のチームでは統制のためのルールを決めますが、すべてのデータを管理することはできません。どのデータを持ち込むかは、各チームのガバナンスリーダーが管理する形です」
扱うデータ量が増えれば、それをどのようにコントロールするかは極めて重要な問題となる。Domoであっても統制が失われてしまうと、同じ意味合いのデータが複数存在し、それぞれで数値が異なるといった状況に陥りかねない。すでに多数のDomoユーザーを抱えるシスコシステムズでは、各組織の自律性を生かすハブ&スポーク型が有効に機能しているようだ。
顧客のあらゆる行動を独自のアルゴリズムで分析
では、Domoの導入はシスコシステムズのビジネスにどのようなインパクトを与えたのだろうか。その一例として、リー氏は顧客のエンゲージメント
の把握と、それに基づくアクションについて説明する。製品やブランドに対しての「愛着」や「思い入れ」の意味。
「私たちはリアルとデジタルにおけるお客さまとのやりとりをすべて見ており、それらを当社のデータサイエンティストが作ったスコアリングのアルゴリズムで分析し、将来の糧にしようとしています。その結果は顧客管理の再定義や需要の創出にも利用し、営業チームによる販売活動や、お客さまとの継続的な関係作りに大きく貢献しています」
こうしたエンゲージメントの管理は極めて精緻に行われている。具体的には、リアルとデジタルの顧客とのやりとりをデータとして記録し、それを「リーチ」「インタラクション」「アクションタイプ」の3つのカテゴリに分類している。
リーチはWebサイト「cisco.com」などの情報をどれだけ多くの人が閲覧し、どの程度の印象を与えられたのかを見る。インタラクションはリンクのクリックやビデオの視聴、アクションはサイトへの再訪問、チャットの利用、購入方法の参照、販売代理店の検索などを意味している。
そして、これらのデータを社内のデータサイエンティストが開発した独自のアルゴリズムに基づいて分析し、サイトを再訪する可能性を独自指標として求めている。サイトの再訪につながりやすい行動を割り出せれば、顧客との関係構築に役立てられるという判断があったからだ。
サイトの再訪に大きな意味があると考えるのには理由がある。シスコシステムズのサイトを訪問し続けるという行動は、すなわち「シスコシステムズのサイトには知りたいことや学びたいことがある」という期待の現れと捉えられ、その顧客に対しては営業活動がスムーズに行えるだろう。
逆に、再訪の可能性のない、シスコシステムズについてあまり知らない人に対し、営業担当者が製品やサービスを販売するのは容易ではない。エンゲージメントの管理は、こうした営業活動の効率化に寄与しているわけだ。
各自が工夫して活用する「データの民主化」が始まる
Domoによってデータをビジネスユーザーに広く開放することは、これまでに想像できなかった方法でのデータ活用につながるとリー氏は言う。
「私が率いるチームが進化しただけでなく、現場のマーケティングチームも進化していく。それを見るのは本当に楽しい。まさに『データの民主化』と呼べる出来事です」
今後、Domoがさらに浸透していくにつれ、新しい利用方法の探求も進んでいくことだろう。マーケティング以外のチームとも、データをどう活用できるかについての話し合いが始まっている。こうした社内への広がりについて、リー氏は次のような言葉で期待を語ってくれた。
「Domoによって、よりよい方法で、よりリアルタイムに近い形でのデータ活用が可能になりました。私のチームは何百万人ものお客さまがcisco.comを訪問し、その中で多様な行動をとっていることをデータとして把握しています。そのデータを社内のさまざまなチームに提供し、各自が工夫して利用し始めることを想像してみてください。それはとてもエキサイティングなことです」
私のチームが進化していくだけでなく、現場のマーケティングチームも進化していく